縁側の板が揺れるリズム感と打ち合う音の妙に面白味を覚えた私は、祖母の注意が既にあったが、彼等の留守を見計らっては縁を歩き回っていた。
ドコン!ドコン!の巨大な木管楽器の鈍い音、またそれを生み出す自らの身体の上下の律動を楽しんでいた。時にはドコドコドン!と巨木の板上を何回か往復して走り回って、調子を取るように木管の楽曲音を作りだすと、興に乗ってハハハハハとばかりに大笑いしていた。
さて、私は今日もこの躍動と音の楽しみを生み出そうという誘惑に駆られ、祖父母の部屋を覗いて見ると、幸いな事に部屋は蛻の殻だった。そこには誰もいなかったのだ。しめしめとばかりに私は廊下から縁側に回った。言いつけを破る以上、流石に祖父母の部屋を横切る事は出来なかった。私は何時ものように巨大な打楽器を足元にして飛んだり跳ねたり走ったりして奏し始めた。
「こら!。」
開始早々、行き成り大きな声の叱責が降って来た。私はびっくりして廊下の入り口を見やった。するとそこには怒りで紅潮した頬を持つ祖母の顔があった。彼女は縁側の入り口で足を踏みしめるようにして立っていた。婦人の仁王立ちと言う様だ。いつの間に祖母が?と私は驚いた。私にしても祖母の言いつけを破っている罪悪感があったのだから、祖母の姿を認めると私はすぐに苦笑いして頬を赤らめた。
「お、お祖母ちゃん。」
ついどもってしまう。
「あんた言ってあったでしょう。何でこんな事を…。」
と祖母は言ったところで息を着いた。如何やらこの廊下の先まで何処かから走って来たようだ。はぁはぁと息継ぎしていた。私がその様子を見詰めていると、祖母は漸く口が利けるようになった。
「煩いから、すぐ止めなさい。」
御近所から文句が出ているというのに、音は響くからね、家だけじゃ済まないんだよ。と、彼女は世の中には世間体というものが有ると言い出した。
「世間体?、って?。」言葉の意味を聞く私に、それはお前のお父さんに教えてもらいなさい、と一言いうと、彼女は急ぐようにさっとばかりに居間方向へ向かい姿を消してしまった。私が察するに、祖父母は出かける寸前であり玄関にいたようだ。
「もう少し遅く縁側に来ていれば良かった。」
そうすればこんな事にならなかったのに、と私は思った。この楽しみを止めなければならないとがっかりした。この時、私は祖母に2回も注意されては止めざるおえないと感じていた。
「遅くても早くても、駄目な物はダメですよ。」
行き成り廊下の入り口、先程祖母がいた空間に祖母の顔だけが現れてこう言った。私は目を丸くしてそんな祖母の顔を見詰めた。祖母は廊下の壁に張り付いていたものとみえる。壁に耳有りであった。