母が私では埒があかないと言いだした。そこで私は母に言われて父を呼びに行く事になった。廊下を戻ると父は先ほどの場所に未だいた。縁側に立って庭を眺めていた。私が縁に立つと彼は晴れ晴れとしたにこやかな顔を私に向けた。
彼は私の首尾の具合を聞いて来たが、「どうだ、上手く行ったんだろう。」と言うものだから、私は難しい顔をして首を横に振った。父は、これはまたという様に意外な顔をした。そして変だなぁと呟いた。大抵はこの方法で上手く行くんだがなぁと言う。父にすると何かしら自分が諭した後、誰か別の人物が指図なりしに行くと、諭した相手は上手く自分の予想通りに動くものだと考えていたらしい。
「お前では采配出来なかったのか、情け無い奴め。」
と言われても、年端も行かない私に采配させる方が間違っているという物だ。だから私は前以て、子供の身の私が大人に指図してよいのかと聞いたのだ、と父に文句を言った。母はやはり私が予想した通りの態度だったと父に告げた。そして母が動かず不機嫌なのは私のせいでは無い、父が子供である私に命令するような事を言わせたからだと、ここ迄言うと、もういいと父は顔を赤らめた。父は「お前あいつに似て来たなぁ。」と言うと、頬を赤らめたまま渋々廊下に出て台所の奥へと消えた。
父が母の所に行ってから、私は縁側に腰を下ろしてその儘中庭を眺めていた。戸外は晴れており、紅葉や松やモチノキ等の緑が滴る様で美しかった。中庭のほぼ中央にある丸い飛び石が、並んで庭の奥に有る高木の松の木迄続いていた。私はこのまま庭に降りて、その丸い石々を伝い歩こうかと考えたりした。
「お前、父さんである私を飛び越えて、この家の主になる料簡なんだって?。」
父がやや赤黒い頬を携えて、極めて真顔で縁側の入り口に立つと私にこう言った。
「未だ父さん、お前のお祖父さんだっているというのに。」
そんな事を言って、「いけないなぁ、一体如何いう料簡なんだ。」と言う。
私は父の言葉中に母の言葉を見い出した。そして2人の言葉を総合して考えると、母が父に私が思ってもいない事を考えていると言ったらしいと想像出来た。やれやれと気分的に疲弊した私は、父に言い返す元気も起きなかった。私はそう、とだけ呟くと、溜息を1つだけ吐いた。
そうってお前なぁと、父は勢い込んで私の傍に来ると自分の子供の説教に掛かった。私はまたかと父の誤解を受ける事態に嫌気が差した。何か否定する言葉を言おうかと考えてみたが、母の相手の後の父だ、疲れ切っていた私の頭には何も思い浮かばなかった。首を垂れて沈み込む私にそれ見た事かと父は益々勢い込んだ。
「お前なぁ…」
父が威勢よくここ迄言ったところで、
「ちょっと待ちなさい。」
と縁側と続きの部屋の、障子戸の向こう側から祖母が父を制する声が響いた。
「その子はそんな事を考えてはいないと思うよ。」
祖母は部屋の内側からこう自分の息子に声を掛けた。
私の父は自分の母の声に、「母さんはそんな事を言うけれど、あれの話では、これはあれに対して酷く尊大な態度だったという事だ。」と悪びれる事無く言い返した。すると祖母が畳を歩く気配がして目の前の障子戸がガラリと開いた。私が見ると、祖母も酷く生真面目な顔付であり、その面差しは真剣な眼差しをしており、私の父でありまた自分の息子でもある男性の顔を見詰めていた。
「お前は、私にその子にいいように操られていると言ったけれど、」
ここで祖母はちらりと私に冷たい一瞥をくれたが、
「お前の方こそ、あの娘にいいように牛耳られているんじゃないのかい。」
と言ってふふふとほくそ笑むように息子を嘲笑した。