その後は、祖母が祖父に対して口にする言葉、「返して返して」という口癖の様な言葉を私は時折聞く事になる。祖母は父に対しても同じ言葉を訴えていたが、父の方は頑として取り合わなかったようだ。そして彼女のその言葉は段々と強さが無くなり何時しか消えて行った。
祖父の場合、「あの子がいなくなったら、お前さんその歳でこの家の事が全て出来るのかい。」とか、「あの子はもう帰って来ないよ、こうなった元々はお前さんのした事だろう。」等言うと、最後は「この家は、あれの切り盛りで暮らすしかないだろう。」と淡々と、そして少々つれない返事をしていた。最後は「我慢しなさい。」の祖父の言葉で締め括られた様だ。祖母は如何ともし難い立場に追いやられた様だった。
また、後日、祖父母は彼等の自室で菓子箱の話で揉めていたが、私が居間で聞いていたところによると、如何やら羊羹の箱の大きさの話だったらしい。その中にだと何本入るか、バランスの良し悪しから何竿なら何個等、祖父母は問答を続けていた。
「結局のところ、何本持って行ったんだい?。」
そう祖父が問い詰めると、祖母は2、3本と答えていたが、この箱にと祖父は菓子箱を見せた様子で、この箱だと何竿入りで、何本入りそうだが、お前さんの言うバランスとやらを考えるとだよ。と言った。祖母はあららという感じだったが、祖父がねたは上がっているんだよ、向こうさんが私の方に持って来られてね、返して来られたんだよ、羊羹も、この箱でね。こんな事は困るという事だった。と続けると、新ためて妻に何本入れたのかと質問した。祖母は到頭観念したようで、小声で力なく何本と答えていた。うむと祖父が言ったので、如何やら数勘定は合った様子だ。
「お前が余計な事をしなければあの子はこの家に戻って来たのに。」
祖父の話では、伯父の会社の支店で何カ所かに同じ要職の空きが幾つか有り、その支店でたまたま伯父の事を知っている上司が彼を手元に呼び寄せた所、偶然家から近い職場になったという事だった。
「お前が頼んだから近くになったんじゃないんだよ。」
向こうさんも何れバレると思ったんだろうね、それにお前が持って行ったその本数じゃあ気が引けたんだね。正直に返してこられたんだろう、お前の言った数と合っているからね。そう言って祖父は深々と溜息を吐いた。祖母の方は、じゃぁ、じゃぁ…。と声を詰まらせていた。部屋はしんみりとした空気に包まれた。
私は「羊羹」「持って来られた」の言葉に聞き耳を立てると、すかさず居間から階段下の部屋に移動して祖父母の部屋を窺った。いざ彼等が頂き物の羊羹を食べようという時には、いち早く彼等の部屋に打って出て、私はまんまとお零れに与ろうと算段していたのだ。しかし彼等の雰囲気が、こんな頂き物の菓子を食すという時には通例の慶賀で歓喜な雰囲気では無くなって来て、反対に妙に沈んだ物となってしまったので飛び込む機会を失った。何しろ、祖父母は当の菓子を食べる気配が無いのだ。甘味に釣られ右往左往、思い迷った私は
「羊羹が有るんでしょう。」
と声掛けすると、食べようよと、祖父母にお茶を促す声を掛けた。