この時の祖母は、私の両親が、お互いに喧嘩したのだと勘違いしていた。私が彼女に、父がこうなった経緯について順に説明し出すと、「お母さんと喧嘩したんじゃないんだね。」と了解した。
そしてほっとした表情をすると安堵した雰囲気が祖母を包んだ。彼女は微笑んでああと吐息を漏らす様に言葉を口にすると、
「この子は時折、集中して物事に取り組むとこうなるんだよ。」
と微笑ましそうに言った。
「心配ないからね、この子が自分で気が付くまでこうして置きなさい。」
祖母は言うと、晴れ晴れとした母親の笑顔になり息子を慈しんだ。
祖母は再び、「夫婦喧嘩じゃ無かったんだ。」と安堵の溜息を吐いた。そしてその後、階段下に歩み寄ると、頭上に向かって声を掛けた。母に呼びかけたのだ。
「あんたさん、四郎の事は心配無いからね。」
そうして、階段から恐る恐る顔を出した母に、
「驚いただろう、物事、考える事に夢中になると、家の子達は決まってこうなるんだよ。」
家ではこの子に限った事じゃ無いから。と説明した。
他所から来た人には物珍しくて慣れない事のようだから、この機会に説明しておくよ。と、祖母は階段から降りてきた嫁に、何だかその事を話すのが嬉しそうに語り始めた。話している彼女は自慢気であり、さも嬉しそうに笑みを絶やさなかった。嫁である私の母に、彼女の息子である私の父を目で指し示しながら、集中力の強い自分の血筋に付いて、武勇伝の有る親戚達の四方山話を語り出した。
最初私の母は怪訝そうにそれを聞いていた。それでも彼女は顔に笑みを浮かべて「はぁ、はぁ、」と姑の話に聞き入っている気配だった。姑の話が一段落すると、母はそうなんですかと言い、「心得ておきますよ。」と万事了解したとばかりににこやかに祖母に頷いて見せた。が、祖母が自室に姿を消すと、彼女は妙な目つきで窺うように夫の背を見やり、首を一捻り捻ると、
「お義父さんにも聞いてみないと。」
と呟いた。「世間でそんな話一度も聞いた事が無い。」と小声で零しながら、彼女はまた階上に戻って行った。
私はそんな母と身動きしない父の背を見比べていたが、母が上に姿を消すと祖母の部屋へと足を向けようとした。と、祖母が襖の陰から姿を現した。敷居の上に立った彼女は立腹したように頬を赤らめていた。祖母はぎっとした目で階段の上方を見詰めたが、私が見ている中、次に私の顔へと目を移した。そして私には何も語らずに足音を忍ばせると、静かに居間にいる父の傍に近付いて行った。未だ熟慮中の息子に彼女は何事か耳打ちしていたが、私は父に祖母の言葉が届いているのだろうかどうかと訝ってそれを見ていた。不思議な事に父は自分の母の言葉に一々こくこくと頷いていた。