「世の中、『助長』という言葉が有る。」
翌日の朝、父は私に言った。階段のある部屋でだった。
「助長だぞ。そういう言葉が世の中には有るんだ、覚えて置け。」
「これから伸びると分かっているものを、分かっていなくても、無理して伸ばすと枯れてしまう事になるんだ。余計な事をするから、あれも怒ったんだ。」
そう言う父も何やら厳しい顔をして立腹している気配だった。
そうして父は居間に向かい、何時も祖父が座っている場所に陣取ると胡坐をかいてふんぞり返った。
「それで俺もこんな身の上に落ち着く事になるんだ。」
そうなるんだろうかなぁ?と、父は今度は首を垂れて、如何もしんみりと涙ぐんでいる様な気配になった。
私はそんな父の傍に寄り、心配そうに彼の顔を覗き込んで眺めていると、父は何かを誰かに、彼の心中の不満なり何なりを吐露して自分の気持ちを晴らしたかったのだろう、その時傍に居たのが私だけだったというだけで、彼は話しても訳の分らない私に切々と訴えだした。
そうだろう。お前もそう思うだろう。誰しも余計な事はされたくない物だ。ましてやあれの事だ、放っておいても結構先に進むぞ。…。
「私だって、」
この言葉を言って父はハッとしたように言葉を止めた。
彼はもしかしたらと思案顔になり、続いて回想に入った様子で、彼の表情は能面のように固まると意識は自身の内へと向かったようだった。学生時代…と言葉が漏れると、彼は顔を曇らせて全くの思案中になった。微動だにせず顔を曇らせた儘自分の考えに没頭する父の姿に、私は数回お父さんと声を掛けた。彼の手に自分の手を載せてみたりもしたが、私の声掛けに父は無反応だった。そんな様子で自分の考えに耽る彼に、私はなすすべなく閉口して居間を後にした。