「やぁ、ホーちゃん、目が覚めたのか。」
この時、叔父は普通ににこやかな笑顔をして蛍さんを覗き込んでいました。
「お兄ちゃん、やっぱり来てたんだ。夢かと思ってた。」
と蛍さんは答えます。この頃になると蛍さんは夢と現の区別が曖昧になって来ていました。
実は今迄、蛍さんが母の実家に行くのは毎年の盆と年末ぐらいでした。
それで彼女には、叔父の顔は盆と年の瀬にしか見る事が出来無いという固定観念がありました。
だから目覚めたばかりで意識が朦朧としていた蛍さんは、叔父の顔を見て今は年の瀬だと勘違いしてしまいました。
さて、母の実家では、年暮れに恒例の餅つきの行事がありました。
その時、蛍さんの家の分も餅をついて貰い、つき上がった鏡餅やのし餅を貰って家に帰り、新しい年を迎えるのです。
「もうお餅つきは終わったの?」
何時も餅つきが終わると、余った餅でお萩や黄な粉餅など作ってもらい、
蛍さんはもちろん、叔母や叔父も皆和やかに集い、お茶を用意して餅を頬張り一服するのでした。
出来立てのお餅を食べる事が、物心ついてからの蛍さんの毎年の年末の楽しみになっていました。
「ホーちゃん、黄な粉餅がいいな。お兄ちゃんは?」
叔父は顔をしかめました。ホーちゃん寝ぼけているなと小声で独り言を言うと、
「ホーちゃん、今は盆だよ。」
と笑顔で姪に語り掛けるのでした。餅つきは年末だ、まだ半年ほど先の事さ。そう言って、
「分かったお腹が空いたんだろう。」
もうすぐ昼だからな、10時のおやつの時間にはもう遅いよ、昼まで我慢しようなと、蛍さんの布団の上から肩のあたりをポンポンと軽く叩くと、
叔父は彼女が母の里に来た時の、何時もの世話係然として姪をあやしてやるのでした。
「そうだ、本でも買って来て読んでやろうか?」
そう叔父が蛍さんに語り掛けると、蛍さんはそれよりやはりお餅が良いと駄々を捏ね始めました。
「こんなに寒いのに、お盆って言ったら暑い時じゃないか、お兄ちゃんったら、変な事言って、またホーちゃんの事揶揄ってるんだろう。」
蛍さんはぷーっとほっぺを膨らませて叔父に文句を言いました。
「寒い?」
叔父は変だと思いました。
蛍さんの頬や布団から出ている手に触ってみました。確かに、蛍さんの頬や手は何だか温度が低いような気がします。