「お昼は食べたのかい?」
父の声に蛍さんが振り向くと、いつの間にか病室に父が帰って来ていました。
母はいいえと、この子はお腹が空かないと駄々を捏ねてるんですと父に訴えると、
「お前がちゃんとやらないからだろう。」
そう言うと、自分が代わるからと、お前はもう弟に帰ってもらうよう言ったらどうだと、懐から白い封筒を取り出しました。
母はそれを見てにっこりしました。
「父さんからだ、お前からという事でお小遣いとして渡してやると言い。」
そう言って母に白い封筒を手渡すのでした。母は嬉しそうに廊下に走り出て行きました。叔父を探しに行ったのでしょう。
「駄目だよちゃんと食べないと、良くならないぞ。」
父はめっという感じで蛍さんを目で叱ると、箸を持って食事をさせようとします。蛍さんも父にそう言われたので口を開けて食べてみますが、
『不味い。』
何だか食事が不味いのです。最初は美味しいと思って食べていたのですが、途中から何だか不味くて食が進まなくなったのでした。
自分では、世話慣れない母に食べさせてもらって気が滅入ったせいだと思っていましたが、こうやって何時もの様に父に食べさせてもらっても、
どうもしっくりと来ないのは、食事が酷く不味い物で、食べたくないからだという事が分かって来ました。
「美味しくない。」
そう父に訴えると、病院の食事という物はそう言う物だと父は事も無げに言います。
「でも、最初は美味しかったんだもの。お母さんに食べさせてもらっている途中から不味くなったんだもの。」
そう蛍さんは言って、そっちのお味噌汁が欲しいと器を自分の手に受け取ると、ごくりと飲んでみました。
「薬臭い。」
これは薬の味がしました。彼女にもよく分かりました、味噌汁の味ではありません。
父は蛍さんの言葉に、味噌汁の臭いを嗅いでみます。そしてちょっと口に汁を含んで、嫌な顔をしました。
そしてご飯の方をくんくんと嗅いでみて、やはり一口くちに含んでみました。
父はすぐにご飯を出して、ぺっとハンカチで口を拭いました。
「いや、旨いじゃないか。」
彼は頬を赤くして澄ましてそう言うと、蛍さんにもう少し食べたらどうだ、と箸に乗せたご飯を差し出します。