眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

瞑想将棋

2024-12-31 18:55:00 | 自分探しの迷子
 一巡した思考が空白へと行き着いた。
「下手な考え休むに似たり」
 そのような諺が浮かんできた。次に指す一手がそれを証明してしまうことになるのでは。そう考えると恐ろしくて震えそうだった。僕は正座から胡座へ組み直した。もう何度目かわからない。1時間を超えた辺りから集中力は途切れ始めていた。そこから先は読みの迷路に迷い込んでしまったようだ。何が本筋なのだろう……。

 第一感。遙か昔にそんな言葉を聞いた覚えがある。既に道を誤ってしまったのかもしれない。そう考えると更に恐ろしくなる。この道は本当に読むに値するのだろうか。冷静に形勢判断をしてみると自分に大きく劣っているところは見当たらない。最善手を指せば必ず開ける道があるはずだ。81升ほどの世界にどれだけの変化が眠っているというのだろう。それを掘り起こすことが私の仕事ではないだろうか。

 私は手が届くほどの先にいる物言わぬ男と向き合ってもう何時間も座っていました。話すことも聞くこともなく、そのため見つめ合うこともなく、視線を落とし盤上を経由して別の未来を読み合っているのでした。声としての会話は成立しなくても、頭の中では駒を通していくつもの人形劇が演じられているのでした。

 わかる人にはわかるでしょう。噛み合わぬ相手は不気味で恐ろしく、それぞれがあちらこちら分裂して動き出すと、たちまち劇はカオスの中に突入してしまうのです。相手の感覚を疑いながらも、一瞬でも劣勢を感じた時には疑いは自分の無知と弱さであるように思え始めるのです。

 私たちには定跡という名の共通のシナリオがあったはずですが、誰かがそれを持ち去ってしまったのでしょうか。襖が開き女将さんが届けてくれたフルーツが甘く盛り上がって見えています。
 金や銀ではない、苺や葡萄や林檎やキウイの色合いを膝の上に置いて、新しい着想を生み出そう。それは邪念ではない。盤上からは生まれ得ない新しい着想は、何気ない丸いお皿の上に眠っていたりするのです。激しくフォークを突き刺せば果実が飛び散って眠れる竜を刺激してしまう。

 そうだ。これはタイトル戦に間違いない。俺は今大きなタイトルをかけて敵の厚い囲いを崩そうとしている。第一感は銀を強く前に進める手ではなかったか。だが、どうも上手く行かない。俺は第一感を脇に置いた。そして次の候補手を読んだ。
 これも駄目。次も駄目。容易ではないようだ。俺は簡単に頓挫しない指し手を求めて感覚を研ぎ澄ませた。軽く10の候補手を読んだ。なんて手が広い局面だ。指したい手は腐るほどある。だが、そのほとんどは無意味であり無効だった。第13感から第20感までが抜け落ちていた。それは読みの穴だった。

 そうだ。これはストーリーのないコミックなのだ。過去の自分の指し手にこだわっては大きなものを失う。大事なのは現局面だけだ。
評価値がどうしたって?
 俺たちは数字じゃない。勝つか負けるかそれだけだ。これは人間同士の戦い。物語と物語をぶつけ合うのだ。俺はもう一度第一感を拾い直した。本当に悪い手か。大きなタイトルがかかっているのだ。だが何かよく思い出せない名前だ。ああ、なんて喉が渇く。

 僕はグラスにウーロン茶を注いだ。もう何度目かわからない。時間をかけた分だけ僕はよい手を指さなければならない。でも、そんなことがあるだろうか。(長考に好手なし)最善手を追う旅はとっくに迷路の中に迷い込んでいる。きっとかなり早い段階で。第一感が誤っていたのかもしれない。そこから躓いていた。間違った道を読み進める内に、僕は狐につままれていた。そこから先の変化をどれだけ掘り下げてみても、どれほどの意味が含まれていただろう。狂った犬の助言の先でおじいさんはまだ宝物を見つけることの未練を捨てられなかった。物語のように私だってきっと上手くいくはず。

 成功は信念と努力の先に必ず開けているのだから。抜け落ちた第14感の辺りを私はまださまよい続けていたのでした。きっとその辺りに難局打開の鍵が眠っているようだけれど、狐仕掛けの時間の中では望みの鍵を回復させることは困難で、こうなっては泥臭くても虱潰しで筋という筋を追っていくよりないのでした。

「何かありませんか」金銀の密集の中に。「ごめんください。誰かいませんか」銀の脇腹に、伸びた歩の背後のスペースに。金をかけた分だけの名作が生まれるなら、時をかけた分だけ名手が生み出されるなら、この時間は苦しいだけではない。どうしてこんなに喉が渇く。またグラスが空っぽになった。私は次の一手を恐れた。自らの次の一手が私の評価値を一気に下げてしまう。形勢はジェットコースターのように。

 落ち葉に紛れた秋に急降下して歩を拾うことができる俺は恐竜の血を引いている。ほんの一睨みするだけで大局を見ることができる。駒の損得、働き、玉の堅さ。個々の要素は必要ない。俺は判断するのではなくただ知るのだ。
 俺は鴉だ。ほんの少しのタッチの差でそれがどの画家によって描かれた作品かを見分けることができる。限られた駒によって作られた盤上の風景など何でもない。金や銀や多くの歩がどれだけ入り乱れていようとも関係ない。どれほど遠く離れたところからでも問題ない。
 名人にも見えない絵が俺には見えている。先手ややよし。俺に見えるのはそこまでだ。見えたとしても読むことができないのだ。狐につままれてしまった座布団の上で俺は遙か昔に次の一手を見失っている。タイトルさえ見つけることができたなら、俺は覇者にもなれるのだが。

 空っぽになったグラスに向けてウーロン茶を注ぎ入れる。もう何度目のことでしょう。私は喉が渇いたわけではなかった。果てしなく迷走していく脳内の凡手、奇手、妙手、無筋、無理筋に毒されて自身が消えてしまうことが恐ろしくなったのです。手にわかる感触と駒とは違う音を聞いて、私は現実の中の私をつなぎとめねばならなかったのです。

ゴクゴクゴク……。

 最善手は、確かにここにあるのでしょうか。それは私の部屋の中にある単4電池のようなものかもしれない。あるのだとしてもいったいどこに? 見つけ出せない電池は私のものと言えるでしょうか。虱潰しに当たるには余計な物が多すぎます。埋もれたものを探し切るには人間の能力には限界があるのです。ゴクゴクゴク……。

 生きている。下段の香に刺されながら、まだ角が生きているのが見えました。角というのは実に不思議な駒です。それは居る場所によって動ける範囲が大きく変わるのです。中央にて大いばりすると標的になりやすいけれど、辺境に据えて名角となることが多いのはなぜでしょうか。角は他のどの駒よりも私のものにはならなかった。
 最善手にたどり着くよりも私の方が先に切れてしまう。最善手を指すことは本当に最善なのでしょうか。人に抱え切れない最善の先に幸福はあるのでしょうか。善悪は見えなくても、好きな道をただ見通すことはできる。最善よりも強いもの。私が私であるということ。

 棋理に反する次の一手を見ても、相手は冷静であり続けることができるだろうか。仕掛けなければ始まらない。本筋を見失ったまま僕の手は駒台の上を何度もさまよっていた。銀か、角か。最初から読み切れる棋士はいない。指して読み。読んで指す。そうして一手一手誤りながら進んで行こう。次の一手を指せば始まる。
(終わるのかもしれない)

 ただ思うままに指すだけならどれほど楽だろう。どんなに楽しいゲームだろう。指したいようには指せないのが盤上に生きるということだ。随分と長い間こうしているようだ。それでいて何も動いていないように見える。だが、目に見える変化よりもきっと大事な何かがあるのだ。わかる人にはわかるだろう。踏みとどまっていることによって、無限の可能性がまだ手の内にあった。今ここに果てしなく広がっている苦しくも楽しくもある時間。僕は「将棋の時間」の中にいた。














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今日いち-2024年12月26日

2024-12-26 19:53:11 | 一期一会
しっかり食べて乗り越えなくちゃ



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どこにもかけれない

2024-12-25 23:57:00 | コーヒー・タイム
スピーカーの真下は嫌だ
(特に12月は最悪だ)

できればカウンターは嫌だ

真横に電話する人がかけたら……

コの字型カウンターだったら

いきなり会議が始まる恐れもある

ポメラを叩く振動が

板から横へ伝わってしまうかも


できたら窓もほしい

できれば両側を挟まれるのは嫌だ

できるだけ角っこがいい


こだわって店内を回っている内に

だんだん席がなくなっていく


どこでもはまれる人はいいな








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のびしろ

2024-12-24 21:57:00 | 一期一会




君の居場所はみつかった?



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ブルー&ブラック

2024-12-19 17:44:00 | 夢の語り手
 グラスの泡が天に昇っていく。これは時の粒だ。一気に飲み込めないから、じわりじわりと効いてくる。時給が遡って半額になり、目の前が暗くなった。シートが倒され僕は仰向けになる。焼けるようなタオルを残しておじさんはどこかへ消えてしまった。顔を蒸して何の意味があるだろう。けれども、そこには無言の圧力がかかっている。異議を挟むな。素直な子供であれ。自分の顔に被さるものに触れることができない。静かな時間が過ぎていく。皆は元気にしているだろうか。僕がいなくても世界は大した影響を受けない。おじさんは戻らない。もう僕のことなど忘れているのだろう。慣習に逆らえなかったばかりに、僕の夢は実らない。後先を考えずに払いのけたい。来世の僕はもっと大胆でありますように。呪われた理容室の中で僕は5年生になる。

 硝子越しにしゃっくりについて話した。止まらなければ眠れない。眠れなければ死んでしまう。やはりしゃっくりは恐ろしい。都市伝説の話をした。坊さんの修行はすごいね。あいつら暇だからと僕は言う。僕はそんな風には思わないと君は言った。お前こそ暇だと言う君は水槽の中に閉じ込められて、サメと一緒だった。

「先生、どうしてクラス委員が?」

「彼が望んだからさ」

「自分で言い出したんですか?」

「人と一緒に遊んでいたら遠くへは行けないだろ」

 回る鰯を眺めていると目が回りそうだった。塩の匂いはしなかったけど、水を見ているとどこか懐かしくなる。体にいいとは、きっとこういうことなのだ。いつもとは違って、今日は先生の表情が明るく見える。ああ、こんな風に笑えるんだ。校舎の壁に邪魔されて気づかなかったものが、背景が変わって現れる。先生だって案外普通の人かもしれない。僕らはこの半日で3年分の呼吸をした。

「月にうさぎを返しに行く者は?」

「もうですか?」

「けど、先生それは僕らの本分でしょうか?」

「いいんだよ。思いついた人がやれば」

 教科書も文具も捨てて誰かがバンザイを始めた。すぐに誰かが真似をして、3人が寄るとブームになった。

バンザイ♪ バンザイ♪

 僕もブームに乗っかった。肩の力は抜け、警戒心は薄れた。心配事は何もない。仕事なんかは放り出していい。すべての垣根は最初から存在しない。大人も子供も関係ない。人も猫もルーツはそれほど離れていない。参加者きたれ。バンザイ♪ バンザイ♪ 今日という奇跡に。バンザイを繰り返す内に大いなる喜びがやってきた。何も持たないこと、手を開くということにこれほどの力があったとは思わなかった。みんな悪くないね。星がきれいだ。瞬いた星に、僕はいつかの転校生を重ね見た。ねえ、君は僕のことどれくらい好きだったの? 遠いから結びつくものがあるのだろう。突然、誰かがあくびをして、お祭りは終わった。

(どうして生まれてきたのだろう)
 祭りの後は急に憂鬱になる。

 すっかりサイダーの気も抜けていた。
 眠っていた5日の間、僕は会社を無断欠勤した。そのせいで解雇されることが決まったが、今はむしろ幸運だったと思う。とんでもないブラック企業であることが明るみに出たからだ。

 たった5日で?






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サイレントリバー

2024-12-13 19:58:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山に山賊狩りにおばあさんは川に洗濯に行きました。かごいっぱいの洗濯物を抱えてようやくのこと川に着いたおばあさんは、せっせと洗濯に励みました。洗濯板に汚れた服をごしごしと擦り付けては、1つ1つの汚れを心を込めて落としていくと、しつこくこびりついた油汚れも、芝の上で転んでついてしまった時のしつこい緑色の汚れも、みるみる綺麗になっていくのでした。

「汚れの数だけ生きてきたのだわ」
 どんなにしつこい汚れに対しても、おばあさんはこれっぽっちの悪意も抱きませんでした。そればかりかそれを今まで一生懸命生きてきたことの証だと思って、その1つ1つを愛おしく思いながら立ち向かっていたのでした。しつこくついた緑は、いつか芝の上で転んでしまった時の真緑でした。けれども、それは何よりも絵の具の中の緑に似ています。おばあさんは遥か昔パレットの中に溶け出した緑を使って描いた壮大な山々のことを思い出していました。昔々のこと、山には緑があふれていて、おばあさんはその中を駆け回って動物たちと遊んだり、山菜をとったり、緑いっぱいを使って山の絵を描いたりしたのでした。ああ、けれども、おじいさんは無事だろうか……。

 そうして時々は、遥か山々のことや、懐かしい絵の具のことや、愛するおじいさんのことを思い出し、長く同じ姿勢が続いて折り曲げた腰に疲労を感じた時などには一時その手を休め、しばらくの間、体力の回復を待ってからまた洗濯板に手を伸ばすのでした。何しろ洗濯物ときたらかごいっぱいにあったのだし、その汚れの数だけ一生懸命に生きてきた証もあるのでした。

「おーい! おばあさん!」
 その時、山賊に追われながら傷だらけのおじいさんが駆けてきました。

「待てー! くそじじい!」
 山賊の大将が斧を振り回しながら、叫びました。その斧は全長2メートルはあろうかという大斧で、もしも熟練した使い手がその大斧を使いこなせたとすれば、ワニでもサイでも凶暴なピンクライオンだって一撃の下に葬られてしまうかもしれないと思われるほどでした。大将は武術の達人がいつもつけているような豪快な顎鬚を震わせながら、叫びます。

「待ちやがれ! くそじじい! 返り討ちにしてくれるぞ!」
「ひー、おばあさん! 助けて!」

 おじいさんは命からがら、洗濯仕事で忙しくているおばあさんの下に逃げてきました。
(どんじゃらぽっぽ、どんじゃらぽっぽ……)
 穏やかに流れる川辺で、ようやく2人は再会することができました。

「おじいさん、大丈夫かい?」
「危ないところだったわい、おばあさん」
(どんじゃらぽっぽ、どんじゃらぽっぽ……)
 穏やかな川の音が、追ってきた山賊たちの前に立ち塞がりました。

「くそー! 川の奴め!」
 川の出現を目の当たりにした山賊たちは、流石に敵わないとばかりに引き上げていきました。
 2人は、それからしばらくの間、手を休めてぼんやりと肩を並べていました。
(どんじゃらぽっぽ、どんじゃらぽっぽ……)

「おじいさん、川が流れる音がしますよ」
「ああ、おばあさん。川が流れているからさ」
 そうしている内に、危ない橋を渡ってきたおじいさんの傷もゆっくりと癒えていくようでした。

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今日いち-2024年12月11日

2024-12-11 17:08:59 | 一期一会
できたてを届けるよ
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今日いち-2024年12月9日

2024-12-09 20:37:52 | 一期一会
体の芯からあったまるで


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今日いち-2024年12月7日

2024-12-07 16:30:45 | 一期一会
これが師走の空気ね

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紙屑ピッチャー

2024-12-06 16:48:00 | 夢の語り手
「未払い金が多数あります。このままでは明日にも通信ができなくなります。今すぐ上のURLをタップして確認してください」
 通信の遮断は困る。僕は疑うことなくリンクをタップしてその足で街のコンビニに向かった。コンビニには先に関係者の人たちが来ていた。

「この度はどうも」
「どういう意味です?」
「そう深刻に構えることはありません」
 そこで僕の記憶は途絶えるが、肩に何らかのチップを埋め込まれて地球人サンプルとして扱われていたような気もした。

「待ちなさい」

 あなたは騙されているんだ。コンビニ店員が僕の後を追って駆けてくる。待合室のオルゴールはどこかで聞いたようなメロディーだった。どこか……、僕は記憶のメロディーの切れ端に沿って歩いている。楽しげな犬、手をつなぐ老夫婦、ローカルなハンバーガーショップ、ランドリー、フェンスの向こうの草サッカー、唐揚げを待つ自転車、台風の予感、ダンススクール、ダンプのような自転車、耳にソラニン、両手にマルチーズ、ブランコに乗った青年、ゆっくりと後悔を冷ましている、いつかの水たまり、独りの共感、天国みたいに広い歩道、僕だけが七分袖、夏の終わりへと足跡は薄まりながら、だんだんと振り子になっていく。目を開ける。ああ、こちらの方が現実か。

「ああ忙しい」
 そこは誰もが忙しい村だった。
「何もかにもが忙しくなってしまった。あいつが来てからだ」
「あいつ? 誰です?」
「……」
 村人は堅く口を閉ざしている。

「どうしたの? 何かあったの?」

 何かあったの。猫の頭の中でおじいさんの言葉が繰り返される。何もないことがよいことだと信じられている、そんな世界から抜け出すことをずっと考えていたのだ。冒険の書を枕にして眠る日々の中で、旅の心は次第に熟成されて、ここは心地よく暖かく不満も何も見当たらないけれど、落ち着くことはゴールではなく、自身の影が薄れていくことには耐えられそうもないから、私は私を見つけに行かなければならないのだと猫は思う。

「どうした?」

 心配そうに問いかけるおじいさんの目を、猫は見つめ返すことができなかった。そうだ。もう見てはならないのだ。私は私を再生する旅に出る。そう決めた瞬間、日溜まりの猫は冷たい闇に向けて歩き始めていた。
 宇宙人は猫を抱いたままブランコを飛び出して……。

 僕はそれを思い切りゴミ箱に向けて投げ、外れたのでゴミ箱まで歩いた。
 ゴミ箱のそばには警官のようなものが立っていた。

「どこから入った? 誰に雇われた?」

「市町村だよ。どうして投げた?」
 男は制服を着て、手には棍棒のようなものを持っていた。

「市町村? どこのだ?」

「そのアクション必要か。肩に力入れて投げる必要があったのか?」
 男は僕の質問を完全に無視した。自分の方が上の立場にいるつもりだろうか。警官でなければ警備員に違いない。

「そういう尺度では……」

「何?」

「いちいち考えてないよ。ゴミになったから投げただけ」
 それは当たり前のことだった。何よりここは自分の家ではないか。どうしようと僕の自由だ。

「考えてない? 恐ろしい話だ」

「恐ろしい? 何が?」

「考えてない? その場のノリで? どうでもよかった?」

「そんなことは言ってない」

「あんたそのうち人をやるぜ」
 男の主張にぞっとした。勝手に解釈を拡大して他人に罪を被せようとする。きっとそういう人間だ。

「何を馬鹿な!」

「そうなってからでは遅いんだよ」

「ただの遊びだろうが。みんなやってんだよ。わからないのか?」

「いいやそんなことはない。賢い人は決してそんなことはしない。もっと普通にすることができる。あんたは力の加減が歪んでいるってことさ」

「勝手に人の家に入ってさっきから何言ってんだ」

「まともに働きもせずだらだらだらだら」
 ハッタリか。それともずっと見張られていたのだろうか。

「何をわかった風なことを」

「挙げ句の果てにゴミに当たるそういうお前こそがゴミなんだよ!」

「お前って誰に言ってるんだ!」

「ゴミ野郎!」

「お前は何だ!」

 ゴミ呼ばわりされて僕は怒りの感情を抑えきれなくなった。男の方に近づくと思い切り肩を押した。男はよろけることもなかった。埃が着いたというように、右手で肩を払った。落ち着いているのが余計に腹立たしい。男は間違いなく不法侵入者でその存在は脅威に値する。これは正当防衛なのだ。僕は出口の方へ追い出すように両手で男の胸を押した。男は少しよろけ半身になりながら後退を拒んだ。右手にある棍棒のようなものを振りかざして向かってくる。ついに凶暴な本性をみせたか。僕は棍棒をつかんで奪い取ろうとした。男は攻撃力を失った棍棒を置いて左手で僕の胸を押した。激しく押し合う間に男の帽子が脱げて中から金髪が露わになった。

「お前は、誰なんだ?」

 その時、つかんでいた棍棒がぐにゃりと曲がった。バランスを崩して男の革靴を踏んだ。棍棒は折れ、半分はゴミ箱の中に落ちた。押しても押しても男をドアの向こうに押し出すことはできなかった。棍棒の切れ端がゴミ箱の底に落ちる音がした。僕は男のベルトをつかんだ。男も僕の腰をつかみ互いに相手を持ち上げようとしたが、どちらも決定力不足だった。もみ合いになる内に足がもつれ、ふらついた次の瞬間、ゴミ箱に落ちていくのがわかった。どうしてこんな奴の道連れにならなければならないのだ。

(はめられた)

 挑発に乗せられてしまうなんて愚かなものだ。ゴミ箱の底は知る人ぞ知る抜け道になっていて、こっそりと商店街に続いていた。僕は警備のものから解放されて独りだった。賑やかな人通りはない。完全に廃れた商店街はシャッター通りだった。こぼれ梅あります。わらび餅あります。甘酒入荷しました。マスクあります。こっそりと誰かに伝える暗号のようなメッセージがシャッターの表に貼られているのを眺めながら、僕はゆっくりと歩いている。いつからそうしているのか、まるで作り置きのたこ焼きのように思い出せない。祖父の代より続いて参りましたが、未知のウイルスによるインバウンドの減少、急激な物価の上昇、止まらない円安、ネットの普及による需要の変化、様々な時代の波にもみくちゃにされてはもはやここまで、今月をもちまして店を閉めさせていただく運びとなりました。長い間、多くの人々に支えられてきたことに感謝の気持ちでいっぱいです。これからもこの商店街の繁栄を願いつつ、笑って笑って笑い転げて生きていきます! 地球一周99円。パリサンジェルマンがやってくる。冷やしあめあります。伝えたいことの尽きない道だった。
 ピンポン教室始めました。







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今日いち-2024年12月5日

2024-12-05 17:48:39 | 一期一会
じっくり考えてみようか
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