人通りはすっかり途絶えてしまった。最後の車が通り過ぎていってから、もう随分と長い時間が経った。この街にあるのは、もう目の前にあるディプレイの明かりだけだった。時折、どこかで猫が鳴く声を除けば、この夜に響くのはキーボードが弾ける音だけだった。もう少し、夜が更けるまで、こうしていよう。ひとりの部屋に帰ることができずに、誰に言われたというわけでもないけれど、ひとりでここに残っているのだ。届ける者がいない気楽さと空しさが同居した空気の中で、ただ音だけが、どこへ向かうともわからない音だけが、響き続ける。止めることはできない。最後の音を止めては存在を保てなくなりそうだから。
ランナーが駆けてくる。こちらの存在にまるで気がつかないように、すぐ目の前を通り過ぎる。同業者……。どういうわけか、そのような感覚が芽生える。あまりにも、何もなさすぎるというだけで、同じ匂いを感じ、指音と足音を重ね合わせてしまう。彼はどこへ向かうのだろう。(僕はなぜこの場所に留まっているのだろう)ランナーが過ぎ去った後でも、少しだけ治安が保たれているようで、心強い気持ちなった。まだ、大丈夫、もう少し、夜が更けるまで、こうしていよう。まだ交わっていない指の向こうに、新しい世界が生まれるまで。人通りはすっかり途絶え、最後のランナーが走り去ってから、もう随分と長い時間が経った。
夜が壊れるように喧騒と巨大な光が同時に押し寄せて、自分ひとりの時間は失われてしまった。鉢巻を巻いた子供たちが次々と目の前を通り過ぎていく。ある者はゆっくりと、ある者は競うようにして走り去った。仲良く手をつなぎ歩く者もいれば、物珍しそうに僕の前で足を止めて様子を窺う者もいた。僕は前髪をより一層深く垂らして、表情を悟られまいとした。何者でもありませんよ。どうか、その足を止めないでください。
特別な夜の中で、キーボードの弾ける音はかき消されてしまった。