眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

観光地からの脱出

2013-06-12 08:11:09 | 夢追い
 来客用に風呂のお湯を入れた。温度は生温かったが、最後に熱湯を足すつもりで、その内風呂の存在そのものを忘れてしまっていた。気づいて駆けつけた時には、湯船に蓋がしてあった。母が気づいて手を回していた。ムカデが出たので、部屋を替ってもらうと言う。
「300,000欲しい」
 お湯の量から計算すると部屋代はそれくらいは欲しいと言う。
「銭? 銭なの? 切り捨てて単位を変えられない?」
 お金の話をしていると客人が部屋に入ってきた。続けて兄が帰ってきて、客人と話をしている。巧みな話術によって、兄は手にしたアンケートに答えさせられている。こちらにも回ってきそうなので、慌ててそっぽを向いた。テレビでは野球の日本シリーズが始まっていたが、興味が持てず、僕は自転車に乗って遠出することにした。

 県境まで行ったところで急に睡魔が襲ってきたので、自転車を止めて川辺に横になり一休みした。目が覚めると体がだるく、このまま帰ることも考えたが、それほど時間が経っておらず、どうも冴えないと思った。他県まで行くとなるとそれなりの覚悟が必要で、スニーカーを履き替えると、古い靴はトンネルの傍に置かれた木材の隅っこに置いていくことに決めた。連休で交通量は多く、激しい車の流れに交じってペダルをこいだ。前籠に入っている誰のかわからないCDが揺れて落ちそうだった。車で1時間の道は、自転車ではどれくらいで走れるだろうか。徐々に目が冴えて、体力が戻ってきた。
 目的地に近づくと突然道は進入禁止となり、自動車も自転車も下りて誰もが歩いて進まなければならなくなった。観光用に用意されたルートのようだった。突然、道は険しくなり、道に沿って用意されたロープを掴んでよじ登らなければならなくなった。それも旅の思い出と誰も文句も言わず、ロープを伝った。
 ついに頂上まで来ると入り口の扉が開いて、招かれるようにして人々が入っていった。薄暗い洞窟の中には、既に前からそこに来ている人たちの姿があったが、服が汚れていたり破れていたりした。更に奥の方を見れば裸同然の人もいたし、外国人らしき人たちの姿も多く見えた。新しくやってきた人の音楽プレイヤーがクイーンを奏でる。

「懐かしいな……」
 破れた服を着て、顔に泥をつけた老人が、黒い壁を見つめながら言った。
 上の世界に行くにはエントリーが必要だった。つれもなく1人でエントリーするには気が引けたが、行くだけ行って帰ってきたという土産話を家族にしている自分の姿を想像すると、そのまま帰るということにも気が引けた。ここにいる人たちは、どうしてみんな疲れた顔をしているのだろう。まるで長い間、この場所で過ごし、この暗がりの中で歳を重ねてきたという顔だ。エントリーには3つの方法がある。
 弓競技では優勝者にメイドのお姫様から祝福のキスが贈られる。優勝者の達成感溢れる顔がモニターに映し出される。お姫様の横顔は美しく、正面から見ると可愛らしくもあった。浮かれた顔がテレビ放映されるかもしれないと考えると、弓競技にエントリーするのは気が引けた。
 カーレースは過酷で、運転技術を覚えられない競技者たちがあちこちで壁にぶつけたり、車同士を接触させて炎上事故を起こしていた。それとは逆に信じられない速度で使用済みの車を後退させて、元の場所に戻しているのはレースのスタッフだった。
「写真の掲載には別途2万円が必要となります。但し、スタッフが一緒に写っている場合は掲載できません」
 逆上した競技者が、教え方がわるいと言って教官から杖を奪い取って殴りつけている。
「そんなことをしても出られんぞ!」
 若者は、すぐに駆けつけた回収スタッフに回収されて消えてしまった。
 どの競技も、卒業できるのは優勝者1名だけだった。何1つ自信がない半面、その周辺には危険なことばかりが待ち受けているようだった。

 できることなら、上の世界には行かず、来た道を戻りたい。けれども、それが困難な選択に違いないということが、しばらくいる間にわかり始めてもいたのだ。入り口の傍には狭い部屋があり、そこにはこの土地の家族らしき人たちが暮らしていた。ただ暮らしているというより、常に注意深く様子を見守っているのだ。
「まあ1杯どうぞ」
 僕と一緒に入った男が、家族に酒を勧めている。家族と親密になって悪いようにはならないだろうという様子だ。入り口の前には、彼も家族の1人だろうか、こん棒を携えた男が番をしている。
「さあ、次の客が来るぞ!」
 そうして重い扉が開く瞬間には、どこからともなく他のスタッフが駆けつけて、厳重な囲いが作られた。
「まあ、見ての通りだ」
 酒を飲みながら、男は言った。こちらには酒をくれるつもりはないようだ。
「あんたもそろそろエントリーすることだな」
 選べる立場にはないのだった。男の言葉に従って覚悟を決めた。

ガイダンスに従ってエントリーを済ませてください
競技種目を選択してから送信ボタンを押してください
送信後7分経過しても反応がない場合は、エントリーは失敗しています
再度、ガイダンスに従ってエントリーを行ってください
本日の受付は日の入り2時間前までです
ガイダンスに従ってエントリーを実行してください

 僕は3つ目の種目を選びエントリーした。出場者は僕1人だった。
 上の世界に立つと、この日最後の競技者として注目を集めた。
「スコアレスドローは何対何?」
「0対0」
「おめでとうございます! 全問正解です!」
 外の世界へとつながるゲートが開く。後は無事通り抜けるだけだった。
 指令塔坂から放たれた44号鉄球が遠隔操作で追ってくる。
「集中して!」
 言われなくても集中している。この権利を逃したら次があるとは限らないのだから。ゴールへの道筋も、44号の球筋もはっきりと見えていた。鉄球は遠隔操作されていたが、球筋は常に揺らぎ、軌道に迷いのようなものが感じられた。とても、追いつかれるとは思わなかった。敵はもう後方にはない。ただ前だけに、集中して。あと僅かで、僕は勝利者となっているだろう。
 4つ目のゲートを抜けたところで、女の姿が目に入った。女は裸だった。一瞬、足が緩んだところに女の張り巡らせた透明な糸が僕の足を捕らえた。気づいた時には、遅かった。
 間もなくしてタイムアップのサイレンが鳴り、すべてのゲートが閉じられる。
「私がエントリーするのだ!」
 女は髪を振り乱しながら、歓喜の声を上げる。
 裸になった僕は、罠を仕掛けながら待つ身となった。

コメント
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