眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

大恐竜時代

2024-08-22 17:23:00 | リトル・メルヘン
 人との距離が近すぎて疲れてしまった。私は思い切って転職を決意した。あまり人と関わらずに、人のためになる仕事。そんな仕事があるかどうかはわからない。けれども、納得がいくまで探すつもりだった。
「ここには失敗した猫が多く持ち込まれます」
 訪れたのはリメイクの会社だった。
「挫折した猫、躓いた猫、猫になれなかった猫たち。猫は好きですか」
「まあ」
「持ち込まれた不完全な猫を恐竜に描き直すのが仕事です」
「恐竜ですか?」
 唐突に恐竜が現れたので驚いた。
「みんな捨てられないのよ。消せないんだよね。だから、こういう受け皿が役に立っているのです」


「えーと、1つきいていいですか」
「はい」
「猫にしたら駄目なんですか」
「それでは失敗の上書きになってしまう。元の描き主に自分の無力さを思い知らせることになってしまいます」
「あー」
 そういうものだろうか。まだ完全には理解できなかった。
「どうして恐竜……」
「恐竜がいいんですよ。今いないのがいいんです。心を遠く遠くへ運んでくれる。そして軽くしてくれるんです」
 社長の言葉には強い熱意が感じられた。
「恐竜ですか」
「そう。猫にはなれなかったけど、自分のしたことは決して無駄ではなかったと思わせてあげる」
「あまり携わったことが……」
「恐竜がひっかかります?」
「まあ」
「恐竜の骨格については十分なサポート態勢があります」
「はあ」


「まだ不安ですか。よし! 思い切って言いましょう。既成のものでなくても結構。いたと思えばいい。そういう恐竜ならどうです?」
「いたと思える恐竜……」
 床からモンスターが湧き出して見えた。それはロールプレイングゲームの中で生まれた魔物たちのようだ。
「愛を込めることだよ。元作者の分まで」
「はい」
「近頃は依頼が増えて困っているくらいだよ」
「そうですか」
「うん。憧れやすく届きにくい時代だからね」
 条件は十分に満たしているように思えた。ただ初めて聞くような話が多すぎた。
「まあここはそういう会社です。あなたが探していたのとは違いますか」
 社長は恐竜のような目を向けた。私は身動きすることができなかった。










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