あいつが振れば俺も振る。あいつが振らなければ、勿論俺の方が振るまでだ。棒銀でも穴熊でも左美濃でもミレニアムでも、何だって俺は振ると決めている。鬼殺しでも、筋違い角でも躊躇わない。条件に左右されるようでは本物のアーティストにはなれないし、例外を作る暇があるなら美濃囲いを築きたいと思う。銀冠の小部屋を用意して敵玉を寄せきるビジョンを描いていきたい。俺はこの四間飛車道場できっと成り上がってみせる。
雨の日も、嵐の日も、お祭りの日も、マラソンの日も、花火の日も、どんな日も俺は動じない。世間の浮き沈みに惑わされることなく、俺は常にノーマルな四間飛車の姿勢を貫くと決めていた。(四間飛車のない人生に意味などない)きっとあいつだって同じハートを持っているに違いない。
約束を2時間過ぎて、あいつはまだ道場に現れない。
俺は封じられたスマホを開いて電源を入れる。いつまでも待ちの姿勢で居続けることはできない。3コールをすぎてようやくつながる。あいつがまだここに存在しないことの証明だ。俺はすっかり切れそうだった。
「お前何やってんだ!?」
あいつは何も言い訳しなかった。
そればかりか俺が道場にいることが疑問だとでも言いたげだった。あいつときたら将棋のことなんてすっかり忘れ、家族総出で火星人の襲来に備えて避難する準備をしているのだった。
そして、あいつは俺に言い放った。
「それどころじゃないよ!」
それ………………………………………………………
怒る力も萎んでいく。
それはすべての終局を意味していた。
盤上の宇宙などすっかり敗れ去ったのだ。
「ああ、そうか……」
それの指す四間飛車と共に俺は駒を投じた。