眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

我々はぶっ通しで働く仕様なのか?

2024-07-17 19:00:00 | いずれ日記
 留学生が、「勝手に休憩をとるな」と注意を受けている。何を言われているか、彼らに飲み込めるだろうか。正社員と呼ばれる人たちは、勤務時間中に談笑したり、喫煙したり、適当にのんびりと過ごす時間もあるように見える。雇用形態が異なると、事情は全く異なるのだろうか。

「我々は水1滴さえ自由に飲めないのか?」

 使う側の立場としては、時給で働く形態だから1分も無駄にさせては損と思っているのだろうか。理屈はわからなくもないが、いくつか疑問な点もある。人間というものを理解できていれば、そんな単純な考えはできないのではないか。逆の立場で考えてもまるで平気なのだろうか。(中にはそんな想像とは無縁の人もいるかもしれない)
 法律上は問題ない。5時間の労働に休憩などなくてもいいと言う人もいるかもしれない。
 しかし、人間の集中できる時間には限りがあるのだ。まず5時間なんてとても無理だ。集中力が持つのは果たしてどれくらいか。高い人で3時間くらい、普通は90分から2時間くらいのものである。それ以上作業を続けていると、動作が遅くなったりイージーなミスが出やすくなる。学校の授業でも、ある程度集中して詰め込んだら、5分、10分の休憩を挟むものである。
 同じ姿勢を長時間続けることには無理がある。高い集中力を持つとされる将棋の棋士を例に見てみよう。延々と地蔵のように背筋を伸ばしていられる棋士は希有である。多くの棋士は、正座から胡座に組み替え、座布団の上に伏せ、天を仰ぎ、脇息にのめり込み、ついには立ち上がって廊下を歩き回るのだ。同じ姿勢を続けるよりもその方が脳を回転させることができるからだ。それほど同じ姿勢を保つことは難しいということの証明だ。人間は、眠る時でさえ寝返りを打たねばならない。そうしたことを踏まえた上で、どうすれば効率的に働いてもらえるのか。問われているのは、人を使う側の姿勢でもある。
 我々はロボットではない。腹も減るし、のども渇く。「腹が減っては戦はできぬ」と言うではないか。少なくとも、水分補給くらいは絶対に必要なはずだろう。







「我々にコーヒー・ブレイクはないのか?」

 2時間も頑張ったら、5分くらいは完全に動きを止めてはどうか。コーヒーでも飲んでリフレッシュすれば、集中力も復活して気持ちよく働けると思うのだが、どうだろうか。
 彼らは歯止めが利かなくなることを恐れているのだろうか。もしもむやみに休憩なんか与えたら、5分が10分になり、ずるずると際限なく休み続ける者が出てきやしないか。途中でいなくなる者が出てきやしないか。ボール遊びを始める者や、カードゲームに夢中になる者が出てきて、収拾がつかなくなりやしないか。正社員以外の働き手をまるで信用することができず、昔の学校の部活みたいにほとんど迷信的に、支配下に置こうとする。仮にそれが本当ならなんと愚かで嘆かわしいことだろうか。
 その結果、我々の労働力は必然的に低下して、残業することになる。そうなれば残業手当も発生する。それでいったい誰が得をするというのか。我々はしあわせになるために生きている。そのためには、不条理な賃止まりや賃下げ賃渋りが改善され、時給で働く中でも適切な休憩時間が認められることが望ましい。

 我々の社会には、従業員のしあわせを優先的に考える会社もある。それとは逆に、一部の優先的な社員の利益の他は全く考えない会社もある。ブラック企業と呼ばれる会社はそうであろう。
 いずれにしろ、我々は現在置かれた環境と向き合いながら、生きる道を探していかねばならない。働き方改革が叫ばれているが、それが必要な間は、我々人間は依然として労働と切り離されることもない。我々が直面する現実には、うんざりするような場面や泣き出したくなるような出来事があふれている。我々はそれに対して一喜一憂するのではなく、我々の目指す理想の実現に向けて、広い視野を持ちつつ歩み続けねばならない。我々の星の歴史の中で、こんなページもあったねと未来のどこかで振り返り笑える時が訪れることを夢見ながら。








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

もう君のことしか考えられない

2024-07-07 09:18:00 | コーヒー・タイム
 人間とは、考える生き物である。
 お昼は何を食べようかな。食べ物について考える。それは基本的な考えの1つだろう。美味しい肉ないかな。食べるについての考えが基本なら、美味しさを追求するのも人間の本能だろう。おやつタイムはコーヒーでも飲もうかな。コーヒー飲みながら、何食べようかな。夕方からビール飲もうかな。ビール飲みながら、何食べようかな。一日を通して、人間が考えを止める時間はほとんどないに等しい。人間の頭は大変だ。

「あの人、あんなこと言ってたけど、あれってどういう意味なんだ?」

 僕は、その時ぼんやりとそんなことを考えていた。
 その考えに割って入ったのは、女の声だった。

「そうなのよ。こっちももっと早くに伝えたかったけどね……」
 
 姿の見えない相手と話す女の声は、だんだん大きくなっていく。

 テラスならいいのか?
(別にどこでも関係ないのか)

 早くどこか行かないかな。
(長居競争に、僕が負けるのでは?)

 寒くないのかな? 他に行くところはないのか。
 大事な話があるのかな?
 落ち着いてかけて話したいのかな?
 ここが一番いいのかな?
 すっかり自分の世界に入り切ってるんだな?
(僕はここにいないんだな)

 僕はもうどこか場所を移したかった。
 でも、逃げたら負けだとも思い動けなかった。

 コーヒーを飲みながら、ポメラの前にいた。キーボードに触れていても、どこにも進んでいなかった。電話女の大きな声がやたらと気になる。気になるのだと思えば、ますます気になる。テーブルを見ると、彼女はポットを置いて本格的にホットティーを飲んでいた。時々、電話の相手は変わっているようだった。けれども、話が終わることはない。
 僕は、すっかり自分の考えを見失っていることに気がついた。
 頭を乗っ取られてしまったのだ。



『考えのある人』
(折句/アクロスティック お題…お年玉)

美味しいスープないかな
鶏の美味しい店ないかな
シチューの美味しい店ないかな
たこ焼きの美味しい奴ないかな
マグロの美味しい店ないかな

美味しいカレーないかな
トマトの美味しいパスタないかな
シュークリームの美味しいカフェないかな
たまに食べたら美味しい奴ないかな
まかないの美味しい店ないかな

おもてなしの行き届いた小料理店ないかな
友達がやってる美味しい店ないかな
知る人ぞ知るような隠れ家的美味しいとこないかな
たぬきそばの美味しいお蕎麦屋さんないかな
魔法のように美味しいレストランないかな

表から外れた面白い道ないかな
時の経つのを忘れる面白い本ないかな
死にたくなくなるようなクレイジーな映画ないかな
だから言わんこっちゃないみたいな面白い例え話ないかな
真冬でもポカポカするようなエッジの利いたいい曲ないかな

オムレツの美味しい店ないかな
唐辛子の利いた美味しい料理ないかな
商店街に美味しいお寿司食べれるとこないかな
誰にも知られてない美味しいラーメン屋さんないかな
マロンケーキの美味しい喫茶店ないかな

鬼の出ない平和な昔話ないかな
友達に教えたくないような美味しい話ないかな
失敗してもやり直せるような優しい国ないかな
種を明かしても楽しめるスルメみたいな手品ないかな
真面目に働いたら美味しいもの食べられる未来こないかな

思わずありがとうと言いたくなる美味しすぎる店ないかな
とめどなく感動が押し寄せるような美味しい料理ないかな
知らない間に足が向かうような美味しいレストランないかな
だから生きていくんだなと思わせる美味しい出会いないかな
真似てみたくて真似できないような美味しい味付けないかな

美味しさは
とどのつまりが
詩の世界
誰かの好み
またの名を愛



 すべての電話を終えて、女は席を立った。
 僕は内心で手を叩いて喜んだ。

(負けずに済んだかよ)








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

暴走端末のメルヘン

2024-07-03 01:28:00 | ナノノベル
 小銭を数えるなんて面倒なことだ。手と手が触れ合うことは、リスキーではないだろうか。それよりも間違いのない、現代に相応しい方法というものがある。

「お支払いは?」
「ストイック・ペイで」
 私は常に最先端のやり方を好むのだ。

「少々お待ちください。そちらの方ですと端末が変わりましたので担当を代わります」
 端末が変わった……。
 流石はできた店だ。より処理のスピーディーなものに進化しているのだろう。


「いらっしゃいませ」
 新しい端末を扱うのは、専属のロボットだった。

「専用のアプリをダウンロードしますので、それまでの間、誠に僭越ながら創作メルヘンをお聞かせさせていただきます」
 すぐに終わると思っていたのでこれには少し意表を突かれた。ロボットは、低い男性の声でゆっくりと話し始めた。


『バッドじいさん』

 昔々、あるところにバッドをつけてまわるおじいさんがいました。おじいさんは暇さえあれば他人のページを訪問して、適当に見物してはすかさずバッドをつけました。
「いいことばかりじゃつまらんさ」
 それがおじいさんの口癖でした。人々はおじいさんのことをバッドつけじじい、ひねくれバッド、バッドじじい、あるいはバッドボーイと呼んで憎悪しました。ある夏のこと、バッドじじいは恋をしました。世界が全く新しく変わるような恋でした。その時から、おじいさんはバッドをつけることが少なくなり、反対にいいねをつけることもありました。そして恋心が募るに従って、いいねばかりをつけるようになったのでした。
「いいこともなきゃつまらんさ」
 おじいさんの口からそんなつぶやきが聞こえるようになりました。バッドじじいは死んだ。信念を曲げた。つまらない大人になった。人々はそんな風にささやくのでした。一夏の恋はあっけなく水風船のように弾けました。おじいさんは恋をした自分を呪い、復讐の刃を見知らぬ他人に向けはじめました。バッドじじいの復活です。
「いいことばかりじゃつまらんさ」
 そうしておじいさんは相手に関係なく、バッドをつけてまわりました。
 めでたし、めでたし。

「アプリのダウンロードが完了しました。こちらにかざしてください」

「はい」
 いや。何がめでたいんだ。

 私はサイドボタンをダブル・クリックしてスマホをかざし、決済が完了するのを待った。それは1秒で終わることもあれば10秒くらいかかる場合もある。

タイム・オーバー♪

「時間切れです」

「えっ?」

「お支払いは完了していません。アプリの再ダウンロードが必要です。ダウンロードが完了するまでの間、僭越ながら私のメルヘンを聞いてお待ちください。メルヘンを聞かれますか?」

「スキップってできますか」

「メルヘンを聞かれますか?」

「えーと、できたらスキップ……」

「メルヘンを聞かれますか?」

「はい」
 まあ、ただじっと待っているよりは多少はましだ。


『すっぱ梅さん』

 昔々、とてもすっぱい梅干がいました。すっぱい梅干はどこに行ってもいつもすっぱがられていました。「ここはスイーツな場所。フルーティーなものが集まるところだ。さあ帰った帰った」と追い払われることは日常茶飯事でした。「なんだお前は小粒だからって許されるとでも? 来るなら保護者同伴で来い!」そうして門前払いされることは日常茶飯事でした。どんなパーティーも、どんなフェスも、どんなイベントも、すっぱい梅干を歓迎することはありませんでした。
(自分はここではいらないんだ)そう思ったすっぱい梅干は、自分の街を離れコロコロと石ころのように転がっていきました。何百年とそうしていたことでしょう。ある日、すっぱい梅干は紀州街道の隅で宇宙の彼方から飛んできた隕石と衝突すると一緒に乗ってきた若い娘と恋に落ちました。「僕はカンロ」すっぱい梅干は、自らを偽りました。ありのままの自分では実るものがないと思ったからです。互いの趣味、感覚、母星を少しずつ探り合いながら、ゆっくりゆっくりと何百年という時間をかけて両者は近づいていきました。あと少し。2つの点が宇宙に重なりかけた瞬間、彼女はうそに気づいたように真っ赤に燃えました。
「あなたはキャンディなんかじゃないのね」
「違う。僕は僕なだけだよ」
「うそつき。だいっきらい!」(ここはお前の来るとこじゃない! さっさと帰れ! 保護者をつれて来い!)その瞬間、追い払われて過ごした長い長い歴史が、宙に浮かび上がるのが見えました。まるで決して終わることのない永遠の闇のエンドロールのようでした。甘い幻想はとけて我に返らずにはいられない。
ああ、なんてすっぱいんだ! そして、そのすっぱさこそが自分であったことを悟りました。めでたし、めでたし。

「アプリのダウンロードが完了しました。端末に端末をかざして支払いを完了させてください」

「はい」
 いや、何もめでたくないわ。

 今度こそ。私はスパイのような素早い動作でサイドボタンをダブル・クリックした。画面が少し揺らぎながら水面下で電子的な処理を行っている。もうすぐだ。もうすぐなんだ。これで家に帰って冷凍庫を開けてアイスを食べられるんだ。今か今かと私は端末が認証のベルを鳴らすのを待ちわびている。

タイム・オーバー♪

「時間切れです」

「えーっ?」

「アプリの再ダウンロードが必要です。本人確認が必要です。生年月日の入力が必要です。好きな食べ物の秘密の暗号が必要です。顔写真を送信してください。必要な手続きがすべて完了するまでの間、僭越ながら私のメルヘンを聞いてお待ちください」

「いやいや」

「メルヘンを聞かれますか?」

「いやー」

「メルヘンを、メルヘンを、メルヘンを……」

「もうええわ!」
 そこまで暇じゃないんだよ。


「おかえりなさい」

「やっぱり現金で」

「でしょうお客さん。結局、現金が一番早いんだって」

「そうですね」
 いや、お宅の端末がおかしいだけだけど。
 私は鞄の底から小銭入れを見つけ出して支払いを済ますと無事にお薬を受け取った。これでようやく家に帰ることができる。汗をかいた分だけ、アイスがより美味しくなることを今日の喜びとしよう。









コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

惜しむコーヒー ~それでもあなたはカフェに行くのか

2024-05-31 18:35:00 | コーヒー・タイム
 生まれたてのコーヒーはたっぷりと器を満たしており、そこからは際限なく湯気が立ち上がっている。最初の一口のためにカップに口をつける瞬間は、この上なく幸福ではないだろうか。そこから先はゆっくりと冷めていくばかりだ。一口毎にやがては底をつくであろうことを恐れながら、口を近づける。せつない。コーヒーを飲むということは、ただただせつなさを感じることに等しいのではないだろうか。たっぷりとあったように思えても、本当はこれっぽっちだったと気づくまでにそう時間はかからない。

 コーヒーは、なぜ不変の熱量と無限の器をもって提供されないのか。そして、人々はなぞそうした不満を口々に叫ばないのか。そんなサービスをしたら商売が成り立たない。器のサイズは好みで選ばれるのが慣習だ。そもそも物理的に不可能ではないか。空間に落ち着きが損なわれてしまう。様々な意見もあるに違いない。だが、僕が考える理由はまだ他にある。
 いつかのイオンタウンで僕は言葉遊びに熱中していた。そこは心地よい逃避スペースでもあった。周りには新聞を広げる者や顔を伏せて眠り込んでいる者など様々な人がいた。警備員もいたが干渉するようなことは一切なかった。自分から離れて純粋に言葉の方を向いていると、時間は驚くほどの速さで流れすぎた。ただ遊んでいるに等しいのに。けれども、遊びを超えて到達できる場所があるように夢見る瞬間も存在した。



『夏休みの終わり』
(折句/アクロスティック お題…夏休み)

謎めいた大地に触れる
土踏まずは世界のはじまりを告げた
野次馬上がりの識者たちが
筋立てがあるように発すると
耳が痛くてたまらなくなる

何の意味があるというのか
積み上げて築いた城も
やがては跡形もなく崩れ去る
すべては夢の一場面のように
みたとしてもしなくても何が変わる

生意気を申すなら
続きはホームページをご覧ください
厄介なご質問はお控えいただき
スレッドを参照の上
自らの頭でお考えください

中庭に降りたモンシロチョウは
つかの間猫を被っていた
野郎共では相手にならない
スケールならマンガみたいで
脈絡もないのだから

何もほしくない
慎ましいばかりに
やつれて行くばかり
「水道局の方から参りました」
水を腹いっぱいに飲んだから

七つ星シェフは
月に新店を開いた
やっぱりここは客層が違う
スリーカウント唱えたら
みたらし団子の前菜だ

長く続いたイオンも
ついにシャッターを下ろしてしまう
約束の時が訪れたのだ
涼み慣れたフードコートの終わりを
見届けよう



(あんなにも豊かだったのに……)

 小一時間。やはりコーヒーは子供だましだった。
 コーヒー・カップの底に浮かび上がるのは、もう一人の自分。

「惜しむためにあるのでは……」

 言葉を付け足すなら、それは愛おしむということだ。
 もしも、これが無限の器に入った決して尽きることのないコーヒーだったら……。惜しむことも愛おしむこともまとめて手放さなければならないではないか。そこに喜怒哀楽や共感といったものはあるだろうか。物語性は残るだろうか。あなたは本当にそれに満足することができるのか。
 容量はそれぞれに決まっているくらいがいいのかもしれない。
 あるいは、僕たちも。







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

どうしようもない行き止まり

2024-05-30 22:37:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところにどうしようもない行き止まりがありました。そこから先へ進むことはどうしよもなく不可能に近く、何人もそこを越えていくことができませんでした。

「ここを突破できた者にはぱりんこ200年分を与えよう!」

 王様は言いました。ぱりんこ200年分。それは途方もない贈り物。
 詩人は言葉を持って王様の前に現れました。美しい単語、キャッチーな比喩、心地よい修辞、謎めいた暗喩を駆使して突破を試みました。けれども、そこにあるのはどうしようもない行き止まり。言葉やなんかで突き抜けることはかないません。
 替わって子供が現れて、無邪気な心だけで突破を図りました。大人にとっては多く見える壁も、手に負えない理屈も、変え難い慣習だって、子供の心にかかればなきも同然。澄んだ瞳を持った子供なら行けるかもしれない。人々の期待が一瞬大きく膨らみました。けれども、そこにあるのはどうしようもない行き止まり。子供なんかに突き抜けることはかないません。
 次には大統領が軍隊を動かして王様の前にやってきました。「撃て!撃て!」一番上からの命令によって、次々と銃弾が撃ち込まれます。びくともしないと思えれば、もっと強力なミサイルが飛び出しました。それでもその先に開ける風景は何も変わりませんでした。そうです。そこにあるのはどうしようもない行き止まり。軍隊なんかに突き抜けることはかないません。

 その時、煙を吐く戦車の下から一匹の猫が抜け出してきて、王様の前に立ちました。
「ちょっと通ります」
 王様の前でも物怖じ一つしない猫でした。
「今は大会の最中だ」
 王様の威厳に満ちた声が猫の前に立ちふさがります。

「ただ抜けていくだけです」
 猫は一向に態度を曲げる様子がありません。

「ならばよかろう!」

 王様の許しを得ると猫はあっさりと抜けていきました。
「さあ、次の挑戦者は誰だ?」
 その時、おかしなことに誰も気がつきませんでした。
 どうしようもない行き止まりを、簡単に突き抜けていった小さな勇者がいたということを……。

「さあ、いったい次は誰なのだ?」
 次のチャレンジャーはどうやら宮大工のようでした。
 けれども、ぱりんこたちの一部が(ちょうど3年分くらい)、猫の足跡を追ってかけ出したのでした。
「もう、勝ち抜けたよね」
「そう。あの猫のものだよね!」








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シングル・コーヒー

2024-05-29 23:42:00 | コーヒー・タイム
 熊が出たと言って母が裏庭から戻ってきた。

「そんなもんじゃない」

 1頭や2頭どころではない。1メートルを超えるのが20頭以上、うじゃうじゃ熊が現れているらしい。クローゼットの奥から棍棒を持ち出した。久しく使う機会がなかった。思っていた以上に手にずっしりとくる。使いこなせるかどうか半信半疑だ。棍棒を脇に置いて通報だ。110番につながらないのは、非通知設定になっているせいだ。

「頭に166をつけないとかからないぞ」

 父の言う通りにやってもつながらなかった。何度やっても話し中だ。今日に限って父の言うことが間違っているのか。その間に両親は父の運転する軽トラに乗って家を脱出した。留守番は破滅を意味する。実家を見限って自立する時が来たようだった。


 起き上がると男の背中が見えた。うそだと思って目を閉じた。もう一度開けてみるとより大きくなった背中があり、その向こう側から煙が立ち上っている。一人部屋のはずが何か行き違いが生じていたのだろうか。

「ノースモーキング!」

 男は振り返って煙を吐いた。注意を聞く様子はなく、ただニヤニヤとしていた。その内にノックもなく仲間の男たちが入ってきた。僕は追われるように部屋を出た。


「コーヒーはいかがですか?」

 風で今にも倒れそうな旗のそばで老人は通り過ぎる人々に呼びかけていた。

「どうですか? 1杯だけでも」

 足を止めたのは僕だった。マグカップを差し出して、温かいコーヒーを求めた。

「どうぞ中で」

 中の方があたたかいよと老人は言った。









コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

伝言ゲーム(声がかれるまで)

2024-05-28 22:49:00 | ナノノベル
 昔々から繰り返し伝えるおばあさんがいました。

あるところに
ある人とあの人と
喜び出て行く犬
喜び帰ってくる犬
絶対に開けないで
はいはい
繰り返しかわされる約束
繰り返し破られる約束
秘密の宝箱
行っては帰る
行っては戻る
めでたしめでたし

 おばあさんは町から町へと昔話を繰り返しながら渡り歩きました。威勢のいい町もあれば、廃れたような町もありました。落ち着いた町もあれば、見かけ倒しの町もありました。町長のいない町もあれば、町長しかいないような町もありました。あるところでは聞き手がすべて犬でした。犬たちは起承転結に渡り辛抱強くおばあさんの話に耳を傾け、めでたしめでたしとなるとご褒美を受け取って帰って行きました。

「もう一度聞かせてよ」
 あるところでは子供たちに囲まれて人気者となり、おばあさんは何度でも同じ話を求められました。

「おしまい」

 人気を得た時が去る時と心得ていたおばあさんは、未練がましく留まったり、名残を惜しむようにくつろいだりせずに、早馬のように町を去って行くのでした。暖かな町もあれば、吸血鬼だらけの町もありました。景観のよい町もあれば、極めて見苦しいような町もありました。若者であふれる町もあれば、鴉しかいないような町もありました。あるところでは聞き手がすべて猫でした。猫たちは要所要所で相槌を打ち、あるいは茶々を入れながらも、熱心に耳を傾け、めでたしめでたしとなるとご褒美を受け取って帰って行きました。

 どこまで行ってもおばあさんの話が終わることはありませんでした。語り尽くすには、町が多すぎるのでした。やがて腰は折れ曲がり、もう声もかれてしまいそうでした。それでもおばあさんは町から町へ、町という町へ、未だ見ぬ町へ向けて歩み進みます。

「伝えることしかできない」
 考えてみても、他にすることが見当たりません。
 おばあさんは話すことが大好きでした。
 好きなら繰り返すだけのことです。

めでたしめでたし








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

曲芸的現代将棋

2024-05-27 23:35:00 | この後も名人戦
「おっと、挑戦者が座布団を一段高く積み上げました。先生これはいったいどういう動きになるのでしょうか?」

「解説しますと、角度を変えて読み直そうという狙いになりますね」

「座布団1枚2枚でそんなに変わってくるものなのでしょうか?」

「全く異なりますね。高段者の視点というのは、非常に繊細なものですから。今、直前に名人の指した手が新手でして、今までの常識からはない手なのですね。そういった手に対しては、同じ角度からの読みでは超えていけない部分もありますから」

「しかし、少し心配なことが。あまり高く積み過ぎると、うっかりバランスを崩して転倒したりという恐れはないのでしょうか?」

「何をおっしゃいます。そんなことあるわけないじゃないですか、田辺さん」

「そうでしょうか」

「現代将棋に精通している棋士が、座布団の1枚や2枚のことでおかしくなるはずがないんですよ。仮に7枚や8枚であったとしても、ここにいるご両人なら大丈夫かもわかりません」

「それは恐れ入りました。バランス感覚あっての現代将棋というわけなのですね」

「そういうわけです」

「一段と高いところから挑戦者は新機軸を打ち出すことができるのでしょうか」

「次の一手が、今後の展開を左右することになりそうです」

「この後も、名人戦生中継をお楽しみください」







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

棋士の危険なおやつタイム

2024-05-26 23:27:00 | この後も名人戦
「あれっ? これは目の錯覚でなければ、挑戦者の駒台の上にシュークリームが置かれているように見えますが、先生あれは」

「錯覚ではございません。おっしゃる通りです」

「駒台にシュークリーム。ということは、いよいよ手段が尽きたということになるのでしょうか?」

「それもないわけではないですが、全くその逆もあり得ますね」

「逆ですか? 手段があふれているのでしょうか」

「解説しますと、棋士あるあるになるのですが。ついつい読みに夢中になるあまり、他のことを忘れてしまうことがありまして。現状では、食べている途中でシュークリームの存在を忘れた可能性がありますね」

「そんなことがあるのでしょうか? 私などは何があっても絶対に忘れない自信がありますが」

「局面の切迫度から言って、十分あり得る話です」

「それだけ難解な局面ということなのですね」

「そういうわけです」

「今、記録の少年が指をさして指摘したようです」

「いい記録係ですね」

「なかなか横から言いにくいところを、勇気を持って指摘するのは偉いですね」

「シュークリームもかたくなってしまいますから」

「せっかく美味しそうなシュークリームですものね」

「そういうことです」

「この後も、引き続き名人戦生中継をお楽しみください」






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

君の肩を少し借りよう

2024-05-25 23:50:00 | この後も名人戦
「はっ! 挑戦者の肩に。鳥がとまっています。先生、これはペットの鳥なのでしょうか。挑戦者を応援しているのでしょうか?」

「何をおっしゃいますやら。そんなことあるわけないじゃないですか、田辺さん」

「そうでしょうか。しかしあれはどう考えれば」

「ペットの鳥なわけないじゃないですか。挑戦者はそんな常識のない人間ではありません。解説しますと、あの鳥は好手を呼ぶ鳥とされておりまして、時折開いている窓から入ってくる観る鳥の一種です」

「そうだったのですね。まさかそういう鳥がいるとは」

「この地方では割と有名です。ですから、対局室の誰も全く驚いたりする様子がないわけです」

「流石ですね」

「研究済みということですね」

「評価値はやや苦しめですけど、この後いい手が出そうだということですね」

「そういうわけです」

「楽しみですね。この後も、引き続き名人戦生中継をお楽しみください」








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ダンサー乱入

2024-05-24 09:23:00 | この後も名人戦
「これは突然何事でしょうか? ダンサーの方たちが入ってきて踊り始めました。部屋を間違えられたのでしょうか、先生これは」

「いえいえ間違いではなく演出ですよ。今、盤上にダンスの歩という手筋が出たところですから、それに合わせて踊られているわけです」

「これはびっくりサプライズですね!」

「ちゃんと立会人の許可を得て入室されているわけですから、ここは見守るところでしょうか」


「一昔前ではとても考えられないことではなかったでしょうか、先生」

「将棋界も前に前に進んでいるわけですから」

「現代将棋ならではということでしょうか」

「そういうわけです」

「それにしても、ダンスの歩というのは、なかなかお目にかかれないものではないでしょうかね」

「手筋の中でもまさにダンスの舞のように華麗な手筋ですね」

「今日は観る将の方も、とてもラッキーだということですね」

「そういうわけです」

「お楽しみいただけましたでしょうか。この後も、引き続き名人戦生中継をお楽しみください」







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宇宙対局

2024-05-23 03:57:00 | この後も名人戦
「いよいよ両者秒読みとなりましたね。あれほど時間があったのに、もっと大事にできなかったのでしょうか?」

「何をおっしゃいます。大事にした結果として、今こうして秒を読まれておるわけです」

「50秒から、1、2、と読まれてますけど、もしもそのまま10まで行ってしまった場合、先生その時は、対局者は打ち上げられてそのまま宇宙へと飛び立ってしまうというようなことがございますでしょうか?」

「何をおっしゃいます。そんなことあるわけないじゃないですか、田辺さん」

「そうでしょうか。大丈夫でしょうか」

「ドリフのコントじゃないんですから。そんなことは起こり得ません」

「では、もしも10まで読まれたとしたらその時は……」

「その時はほぼ訪れないと言っても過言ではありません」

「ほー、どうしてでしょうか?」

「9まで読まれた段階で、指が自動的に動きますから。1秒というのは、案外長いものなんです。59.9でも間に合ってますからね」

「棋士の指というのはすごいのですね」

「盤上は宇宙ですから」

「宇宙は身近なところにあるのですね」

「そういうことです」

「はい。この後も、名人戦生中継をお楽しみください」











コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マジック・ストライカー

2024-05-22 21:22:00 | ナノノベル
 ある人にとっては1杯のコーヒーが必要だ。
 それは絶対に欠かせないもので、人生の支えそのもの。言ってみれば「主食」だ。同じものがある人には「不要不急」に当たる。言い換えるなら「取るに足りないもの」だ。言葉なんて簡単に入れ替わる。そのようにして俺はベンチからエースストライカーに成り上がった。
 俺は利き足という概念を持たず、どこからでもシュートを打てた。おまけにヘディングの滞空時間は浮き世離れしていた。ありふれたマークでは手に負えず、日を追う毎に敵チームの対策はクレイジーなものになっていった。

 後半30分、俺はピッチの中で雁字搦めにされた。手錠をかけられた上に体中を縄で縛られ、箱の中に閉じ込められたのだ。すべては審判の目を盗んで行われたため、カードは出なかった。味方選手も静観するしかなく、時間だけがすぎていった。存在さえも忘れられ、俺はピッチの上で完全に孤立していた。
 このまま引き分けになると皆が思っていたのではないだろうか。

「点が入りました!」
(いったいどこから?)

 アディショナルタイムの終わり、俺は角度のないところからゴールを決めた。そして、次の瞬間には俺の体はベンチの前にあり、監督と一緒に浮き上がっていた。
 本当に必要な状態になった時、俺の覚醒を止められる者はいない。

「いったいどうなってるんだ?」
 試合終了の笛が鳴った後でくやしがる敵の姿を、俺はピッチ脇から眺めていた。

「箱をあけてみろ!」

「こ、これは……。コーチ、猫です。猫がいます」

「まあかわいい!」







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鬼の対局室

2024-05-21 19:03:00 | この後も名人戦
「今、ねじり鉢巻をした人が入室されて席に着きましたが、桃太郎でしょうか?」

「何をおっしゃいます。桃太郎がねじり鉢巻してましたか?」

「はっ! だとすると祭り男でしょうか、先生」

「桃太郎でも祭り男でもございません。あれは観戦記者の方ですよ」

「それは大変失礼いたしました。ねじり鉢巻がとても印象的で……」

「いいじゃないですか。そこは別に。共に戦っているという証左に他なりません。真剣勝負の場ですから。盤の前でも机の前でも、そこは何1つ変わらないというわけです」

「そうですね。私も見習わなければなりませんね」

「読むか書くかの違いだけですから」

「誰もが戦っていらっしゃるのですね」

「そういうことです」

「はい。この後も、名人戦生中継をお楽しみください」






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

浦島太郎

2024-05-20 22:08:00 | ナノノベル
 何も目指さなくていいところに到達した。経緯は偶然と気まぐれが入り交じったようなものだったけれど、おかげで人と違う幸福を手に入れたというわけだ。大好きなものたち、変わらない美しさに囲まれて、私はずっとここにいたいと願う。いらないものは何一つなく、必要なものはすべて揃っているのだ。「何かになりたい」と願ったのはずっと遠い昔の自分。(今となっては他人に等しかった)どんな人生よりも深い場所に生きて、これ以上何を望むことがあるだろう。

「そろそろ行かねばならないようです」
 脱出の時が迫っていると姫に告げられた。それはあまりにも突然の出来事だった。もう海が青くないことが主な理由だという。本当かどうかわからない。しばらく海を見たことがない。私が海の中にずっといたからだ。

「縁の切れ目がきたようです」
 これほど長い時間一緒に暮らしてきたというのに、私はファミリーではなかったというのか。共に遊び共に笑い、踊り明かし、愛し合ったのではなかったのか。それなのに私だけを置いて行ってしまうというのか……。この深く輝ける日々はいったい何だったのだ。今更(何もなかった)ことのように生きられようか。これがあなた方のくれた夢ならば、もっと短くみせてくれなければ。

「新しい海を探します」
(一緒に行くことは叶いません)
 姫は非情な態度で私を突き放した。私が長く愛していたものはすべて幻だったのだろうか。行くことも残ることも許されない。私が遙か昔に捨て去ったところに、私の居場所などあるのだろうか。

「私たちはどんな化け物にもなれる」
(そう。人間の形にさえ)
 そうか……。元から住む世界が違ったんだな。


「何か記念にもらえるものはありますか?」

「いいえ。何も」







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする