空腹のあまり眠れずに僕は家を飛び出した。開いているのはもはやうどん屋だけだったが、うどん職人が不在のために食べられるのはカレーだけだった。カレーは一瞬で食べた。食後のコーヒーのためにコンビニに立ち寄ったが、運悪くメンテナンス中だった。マシンの上にパンダが乗ってアイスクリームを食べている。自分の家がわからなくなったので外泊することにした。宿ではチェックイン待ちの列ができていた。もう真夜中だ。スタッフの多くは交通違反で捕まって厳しい人手不足だという。僕は勝手に採用が決まり、フロントでしばらく働くことになるという。眠れない夜がまだ続きそうだった。
昔々、あるところにつじつまを合わせるのが上手な若者がいました。人々は彼のことを、つじつま合わせのよっちゃんと呼んで、頼りにしました。
ある日、街で難事件が発生してたちまち大混乱に。どんな名探偵も手に負えないという事件でした。手がかりは1つとしてみつからないのに、容疑者ばかりが多すぎるのです。そこによっちゃんが駆けつけると、ぴたりとつじつまが合いました。
「さすがはよっちゃんだね!」
「よっちゃんが来た途端につじつまが合うんだから」
「よっちゃんがいてくれてよかった」
よっちゃんにしてみれば、そんなことは朝飯前でした。
ある日、街で大喧嘩があった時のことです。どんな力自慢の男がいたとしても、まるで喧嘩を止めることができません。発端がわかってないことに加え、あまりに声が大きすぎて近寄ることも困難だったのです。そこによっちゃんが駆けつけると、ぴたりとつじつまが合いました。
「やっぱりよっちゃんは違うね!」
「簡単につじつまが合うなんてね!」
「よっちゃんありがとうね!」
よっちゃんにしてみれば、ただ普通のことをしただけです。
ある日、街で山火事があった時のことです。街の消防団だけでは手に負えず、隣の街、隣の隣の街から次々と応援が呼ばれました。けれども、三日三晩経ったあとも、まるで火の勢いは衰えることがありませんでした。そこによっちゃんが駆けつけると、風向きが変わってぴたりとつじつまが合いました。
「よーっ! 待ってました!」
「さすがは千両役者!」
「あなたの貢献を称えます」
ある日、街に大きな熊が出た時のことです。熊は大きな口を開けて不満を訴えていました。この野郎英語がしゃべれるのか? フランス語もしゃべってるぞ! 人々は熊の言うことが理解できず、押すことも引くこともできずおろおろとしていました。そこによっちゃんが駆けつけると、熊は訴えを取り下げぴたりとつじつまが合いました。
「またしてもよっちゃんだ!」
「よっちゃんにかなうものなしだ!」
「よっちゃんおつかれ!」
よっちゃんは、人々のために自分の才能を使うことを、少しも惜しみませんでした。そんなよっちゃんも、忙しい日々の中で、旅をして、友を作り、人並みに恋をすると、天国まで手を取り合って生きていく約束をかわしました。
結婚式の日、大きな会場にはよっちゃんを慕う大勢の街の人々が集まっていました。けれども、いつまで待ってもよっちゃんは現れません。そして、とうとう会場が閉鎖する時刻が近づいてきました。
「ちくしょーっ!」
「どうしてなんだ? よっちゃん……」
「他人のつじつまばかり合わせやがって自分はほったらかしかい」
人々は待たされすぎて取り乱していました。よっちゃんの不在に乗じて心ないことを言う者もいました。あきらめかけた人が席を離れようとしたその時でした。巨大なスクリーンによっちゃんの顔が映し出されました。
「みなさんこんにちは!」
人々は驚いてよっちゃんの言葉に耳を傾けます。
「これはあなたのみている夢です」
「えっ? 何?」
「どういうこと?」
突然の告白を、誰も容易に受け入れることはできません。つじつまにしがみつきたい人は、画面の前で固まってしまいました。
「私は独り独りの夢の中にいます!」
昔々、あるところに道を行く若者がいました。若者は来る日も来る日も道を探して歩き続けていました。
ある日のこと、若者は歩いている道の途中でふと立ち止まり思いました。
「この道はいつか誰かが来た道では?」
歩き始めた朝には感じられなかった思いが、若者の足を重くしてしまいます。もっと別の道がなかったのか。初めの一歩を間違えたのではないか。様々な疑念が渦巻くともう真っ直ぐな目で道を見つめることもできませんでした。明日は新しい道を行こう。若者は自分に言い聞かせます。
ある日のこと、若者は歩いてきた道の途中でまた立ち止まり思うのでした。
「この道はいつか誰かが来た道じゃない?」
またいつかの思いが道の前に立ち上がりました。それは若者に前進することの意義をたずね苦しめます。本当の自分の道はどこかにあるのだろうか。(ないとは死んでも思いたくない)若者の歩く道にはいつでも困難な問題が待ち受けているようでした。
ある日もある日もある日も夜が明けると道には若者の歩く姿があったものです。順調な道はなく、目的地など一切見つかりませんでした。時に新しく思えた道も紆余曲折を経る内にだんだんと怪しくなっていくのでした。やっぱりそうだ。ためらい、狼狽え、取り乱しては足踏みをして、迷っては引き返す。ただ道を行くというだけで、おかしなほど時間ばかりがすぎていくのでした。
「我が道はどこにあるのか?」
謎めいた若者の道に月の明かりが真っ直ぐ伸びていました。
海苔としては最高級
君の旨さはよく知っている
随分高値になったけれど
たまにはいいさ
ああ なんてことだ!
君って前より縮んでるじゃないか!
流石に気づくよ
(きっと5、6ミリ小さくなってる)
値上がりしたのは
わかった上で手に取ったの
だけどこっちは……
どういうこと?
・
安定と権利の上を床にして
裏金を得るふしだら先生
(折句/短歌 揚げ豆腐)
最後の一口を楽しみにしていた。それは希望そのものだった。つまりは力の源ということだ。おじいさんはお椀に顔を寄せた。そして、豚汁の中に残った最後の一切れの豚肉を、箸でつまんだ。その瞬間、おじいさんは受け入れ難い現実に直面した。そうだ。すべてはおじいさんの夢だった。耐え難い裏切りにおじいさんは我を忘れてしまうほどだった。
「こりゃ玉葱じゃないかーい!」
叫びながらおじいさんはちゃぶ台をひっくり返した。希望が大きかっただけに、自らをコントロールできなくなっていたのだ。何事かと周囲の人々がかけつけた。それ以来、おじいさんは大層危険だとされ、国家機関の厳しい監視の目が向けられることになった。
我々は宇宙の片隅で一つの惑星を発見した。求めていたのは水と光があること。そして、知的生命が存在することだ。幸いそこは水の惑星と呼べるほどに青かったし、光るものも認められた。残る一つは……。
我々は彼らに気づかれないように細心の注意を払いつつ、近くのテーブルに着いた。彼らの食事を観察するためだ。
「あれは何?」
「曲がっているぞ」
「頭か?」
「尾か?」
「脱いだ」
「引き裂くぞ!」
「生死不明…生死不明」
「動いたぞ!」
「口に入れた!」
「エイリアンの食事だ!」
我々は身震いしながら恐ろしく奇怪な光景を見つめていた。
向き合っているが、食べる以外はとても静かだった。
どうやら彼らの間に言葉は存在しないようだ。
「恐ろしい惑星よ!」
「友好診断…ダーク、友好診断…ダーク」
「推奨…回避、緊急、緊急、緊急……」
「隊長! この星は危険です」
・
海老を剥く各々が悪魔のように
一心不乱赤いテーブル
(折句「エオマイア」短歌)
うとうとしかけると決まってネズミが出た。尻尾をつかもとすると手をすりぬけてしまう。もう許せない。頼りの猫はいない。ネズミを追って夜の街に出た。信号を無視して急行するパトカーが追っているのは、どんな凶悪犯だろう。ネズミは足跡を残しながら夜を通過する。商店街。自転車屋さん、花屋さん、パン屋さん、寿司屋さん。それぞれ深夜営業には求められる価値があるから。ネズミは寄り道もせずに寿司屋さんに駆け込んだ。
「ネズミを追って来ました」
「こんな顔ですかい?」
振り返った男は、ネズミそのものだった。
「そいつはこんな顔でしたかい?」
どいつもこいつもこういうことか。常連客を取り仕切っているのは、もはやネズミそのものなのだ。まな板の上に輝くあれは? 何でもいい。それより包丁を持つあれの方が問題だろう。
「お客さん、枕はいるかい?」
ああ、ここはもうやばそうだ。
「素敵なセーターね」
「そう? ずっと着てるからね。自分では何とも思わないな。君だっていい毛並みじゃない」
「だから、君が好きなの」
「僕もさ」
「そう? ずっと着てるからね。自分では何とも思わないな。君だっていい毛並みじゃない」
「だから、君が好きなの」
「僕もさ」
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軽い気持ちで
手にできたわけではなく
大事に大事にと
取ってあった
あれからどれほど経ったのか
ハッとして我にかえる
もうそんなに……
真夜中にみつけた
期限切れのミルクを
ココアの上に注ぎ入れる
・
暗黒の計算式に特化して
裏金を得る不断の努め
(折句/短歌 揚げ豆腐)
「不思議ですよね。どんなコンピュータが作った写真よりも先輩の描いた絵の方が効果的だなんて」
「不思議なもんか。ありのままじゃないから伝わるんだよ」
「そんなもんっすかね」
先輩に描かれて逃げ延びた犯人はいなかった。風の便り、猫の横顔、鴉のうわさ、ばあさんの小言、車輪の軋む音、時代のうねり、落ち葉のくしゃみ……。一度先輩が筆を手に取った時、どんな些細な情報からでも完璧と言える似顔絵が完成する。そのタッチの自然な運びは、何度見ても惚れ惚れとする。ひとかけらの手がかりをかき集めることからすべてが始まる。最も重要なのは、刑事としての聞く力に違いない。だからこそどんなに可能性の低そうな場所でも、私は先輩の後について歩いて行く。この街の治安を守るため、いかなる妥協も許さない。私は心より先輩のことを尊敬していた。
世界が外出自粛を呼びかけ始めた頃、先輩の捜査手法も変わり始めた。部屋からあまり出なくなってしまったのだ。
私が買い出しから帰ってくると、先輩はキャンバスに向かって筆を這わせていた。
「先輩、こいつが犯人ですか?」
「そうだ。間違いなくこいつだ!」
漲る自信。しかし、何か腑に落ちない。近頃はどこにも聞き込みに行っていないはずだ。犯人とされるための根拠は、どこに存在するのだろう。
「悪そうな奴ですね」
「おう。絶対逃さないぞ」
そうだ。先輩に描かれて逃げ延びた者はいないのだ。似顔絵が完成して街中にばらまかれると、すぐに結果が出る。アトリエにこもりっきりとなっても、相変わらず犯人は次々と捕まった。中には明らかにアリバイがあるとされる者、全く動機も接点も見当たらない者も含まれている。そこが今までとは少し異なる点だった。
私はもっぱら買い出しに忙しかった。
(ありのままじゃないから伝わるんだ)
イズミヤの中を歩き回りながら、かつての先輩の言葉が脳裏をかすめた。あれじゃない。これか。少し違うな。でもやっぱりこれか。似たようなものだな。レジはセルフか。そうでもないのか。
「戻りました」
「ご苦労。あったか?」
「レモンがなかったのでプレーンになりました」
「そうか」
キャンバスに向いたまま言った。
「こいつが犯人ですか?」
「そうだ。こいつに間違いない!」
「確かなんですか?」
私は思い切って疑問をぶつけてみた。
「何か問題でも?」
「どこにも聞き込みに行ってませんよね」
「捜査活動に忙しいからな」
「本当ですか?」
「何がだね」
「本当にこれが捜査なのでしょうか」
「わかっとらんな。進化とは省略なのだよ」
「お言葉ですが、それでは公正さを欠いてしまうのでは?」
「いいかね。これは新しい手法なのだ。私が描けば犯人は私の絵に吸い寄せられ近づいてくるのだ。私が髭を描けば犯人も髭を伸ばし始める。私が額にタトゥーを刻めば犯人もそれに従う。犯人は私の描いた絵のあとから現れるのだ」
「そういうのを捏造と言うのではないですか」
全くアベコベだ。何が人間をこうも変えてしまうのだろう。
「違う!」
天狗は即座に否定した。
「わかりませんね」
「わかっとらんな。正攻法だけでは悪は滅ばぬ」
「聞き込みは必要ですよね」
「聞き込みなんかに骨を折らずともここで描いてあとは待っていればいいんだ。これは正義へのあふれんばかりの情熱だよ」
「お疲れさまです」
やっぱり何か間違ってますよ……。
悪が易々と逃げ延びる世界は間違っている。だけど、悪を作り上げることは、本当の悪に加担することと同じだ。正義を守るべき者が、その反対側に手を貸すなんてことがあってはならない。もしも、身近にある正義が翻ってしまったら、それを咎めるのが相棒の務めではないか。しかし、私にそれができるものか。天狗とは言え、心より尊敬していた先輩だ。
「ついに最高傑作ができたぞ!」
「こいつが次の犯人ですか?」
「ああそうだ。こいつに違いない!」
「先輩、これは……」
「こいつを逮捕するんだ!」
「どうしてですか?」
「理由はもうわかっているのだろう」
「警部」
「私はどこかで作風を間違えてしまったようだ」
「ごめんなさい。ずっとそばにいながら」
「このこぢんまりとしたアトリエですっかり自惚れてしまうとはな」
「きっと何かが行き過ぎたんですね」
「何をしている、さっさと犯人を逮捕しろ!」
「はい!」
私は歯を食いしばって先輩に手錠をかけた。罪の半分が私にもないとは思えなかった。
「持って行きますか?」
「ああ、すまない」
先輩の最後の作品は赤い鼻を伸ばした自画像となった。
私の前でうそは通用しない。すべては可視化されているということだ。何も語らなくていい。私はあなたの脳波を直接読みとることができる。あなたの望みを聞くのに言葉なんかは必要ない。そう。ただ見つめてくれれば、私はすべてを理解できる。
「おかえりなさい」
会話モードは一応オンのままになっている。(それはまだ昔の名残と言えるだろう)
「ただいま」
わかってる。人間はまだ言葉が恋しいのだ。
・
AIが
おかえりなさい
待ってたの
今からお風呂?
熱いのが好き?
(折句「エオマイア」短歌)
昔々、あるところに時間を持て余したおじいさんとおばあさんがいました。仕方ない、山に芝刈りにでも行くか。そう言っておじいさんは山に芝刈りに行きました。何を隠そうおじいさんは芝刈りの達人。知る人ぞ知る芝刈り名人だったのです。おじいさんと同等の実力を持つ者は、その辺の街にはいないとされていました。仕方ない、川に洗濯にでも行くか。そう言っておばあさんは川に洗濯に出かけました。おばあさんは山よりは川の方を愛していました。
どんぶらこ♪
どんぶらこ♪
おばあさんが一休みしていると、小舟に乗って桃が流れてきました。
ペッ♪
おばあさんは、川につばを吐いて不満を表しました。桃はそのまま下の方に流れていきました。
どんぶらこ♪
どんぶらこ♪
続いて小舟に乗ってキャベツが流れてきました。
ペッ♪
おばあさんは、またもやつばを吐きました。キャベツにしても、おばあさんの望むようなものではありませんでした。
どんぶらこ♪
どんぶらこ♪
今度は小舟に乗ってメロンが流れてきました。小舟全体が黄金の光を纏っているように見え、おばあさんは思わず川から身を乗り出しました。ついにおばあさんの願うものが流れて近づいてきたのです。
「そうそうそれよ。もっとこっちにおいで」
その時、小舟は小刻みに振動し始めました。あと少しというところで急激にターンすると、対岸に向かって進んでいきました。
おっとっと♪
おばあさんよりももっと強く望む力が、向こう側から働きかけたのかもしれませんでした。おばあさんは我に返って洗濯を続けました。
昔々、まだテクノロージーが発達する以前の惑星には、おじいさんとおばあさんがいました。宇宙がはじまってまもなくすると、おじいさんは山に芝刈りに行きました。そこは昔らしく機械に頼らない手作業が必要で、大層体力を必要としていました。その頃、おばあさんは清く正しく川に洗濯に出かけていました。
川辺にはおばあさんよりも先輩のおばあさんがいて、紙芝居の最中でした。周りにはたくさんの子供たちが集まって、紙芝居ばばあの声に耳を傾けていました。おばあさんは、紙芝居の邪魔にならないように、少し離れたところで洗濯を始めました。
「カメは真っ先に動き始めました。他の誰よりも早く動き出さないと勝負にならないとわかっていたからでした。ウサギは慌てることなくまずは準備運動から始めました。自分の力を出しさえすれば勝てるのだけれど、そのためには入念な準備運動が大切とわかっていたからでした。入念な準備運動の途中、ウサギはうとうととしはじめ、ついには眠ってしまいました」
どんぶらこ♪
どんぶらこ♪
その時、上流から流れてきた桃に気づく者は誰もいませんでした。
「3人になれ!」
リーダーの声が響く。遠くにあったものが歩み寄ってくる。離れたところにいたものがつながる。もしも策もなく突き進めばすぐに壁にぶち当たって、意図せぬところでバラバラになってしまうだろう。(誰だって独りにはなりたくない)
「5人でまとまれ!」
数がどうであれ集合する力は変わらない。衝突と交錯の過程を潜り抜けて共感性が融合を始める。見えないところにあったものが打ち解け合って縁を構築する。リーダーはどこからともなく発生して、その声の基にミッションは完遂される。彼らはずっとそのような訓練を積んできたのだ。
・
改行を
重ね伸び行く
見せ物に
意味はないのと
主張する歌
(折句「鏡石」短歌)