ミステリー小説、警察小説を読んでいると、物語の中でさまざまな「殺人現場」に遭遇する。当然、被害者の状態も千差万別だ。そういう意味で、今回の被害者の様子は”凄惨であること”で抜きん出ている。
香納諒一さんの新作長編『血の冠』(祥伝社)。
物語の舞台は青森県弘前市である。ちょっと珍しい、というか私は初めてだ。
この町で殺人事件が発生する。被害者は元警察官の男だったが、その遺体が尋常ではない。頭蓋骨が切断された上に、露出した脳みそに沿って円状に釘が挿し込まれていたのだ。それはまるで被害者が被った王冠のように見えた。
この「血の冠」こそ、26年前に起きた連続猟奇殺人事件と同じ”飾りつけ”だった。当時、「キング」と呼ばれた犯人は結局捕まらないまま、事件は風化していった。
捜査の指揮を執るのは、東京から送り込まれてきた警視庁警視正・風間次郎だ。このエリートは弘前の出身。地元警察署の会計課に勤務する小松一郎とは幼馴染だった。
警察小説の主人公が会計課勤務というのも珍しい。しかし、風間の要請で、小松はこの事件の捜査に加わることになる。
実は、風間と小松には、ある共通体験があった。それはキングとも大きく関係している。それは他人に言えない深い傷として、今も彼らの内に生きているのだ。
やがて、第二の被害者が発見される。これは26年前と同じ「連続殺人」なのか。そして、犯人はあの「キング」なのか・・・。
この小説、舞台が弘前で、主要人物も弘前の人間だから、そのほとんどが方言で、弘前弁でしゃべる。しかも、これだけ全編にわたって方言が頻出する警察小説は珍しい。
「んだばって、俺(わ)だげこごから帰るわけにもいがねべな」てな具合だ。
決して読みやすくはない。ただ、地方都市のもつ土俗的雰囲気、背後にある濃密な地縁や血縁、人間関係などを、強烈に感じさせてくれる。地方の町では、人間同士の距離も、過去と現在の距離も、あまり遠くない。いや、驚くほど近い。
小松一郎という平凡な名前の主人公が、仕事でも私生活でも、まあ、よく悩む。そして迷う。こんなにヒーローらしからぬ男が事件の真相を追っていく警察小説も珍しいのではないか。
いくつかの「珍しい」が並ぶ本書だが、そのことも含め、力作であり佳作であるのは確かだ。
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