碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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朽ち果てていく「昭和の残影」へのレクイエム

2008年09月07日 | 本・新聞・雑誌・活字

写真家の丸田祥三さんといえば、廃墟や廃線などをモチーフにした代表作「棄景」シリーズがすぐ思い浮かぶ。

すでに役割を終え(それだって人間側の勝手な都合なのだが)、そのまま置き去りにされ、あるいは捨てられた風景が見せる、怖いような静けさと、奇妙な美しさ。丸田祥三さんの写真は、そういうものに気づかせてくれた。

新しい写真集『廃電車レクイエム~昭和の空地にあった不思議なのりもの』(岩波書店)には、やはり捨て置かれた路面電車が並んでいる。

ただ、この写真、いつもとちょっと違う。撮られたのが昭和50年代はじめから半ばのものが多いのだ。それは丸田さんが昭和39年生まれであることを思うと、不思議な気がするはず。

そう、この写真集のほとんどの「廃電車」は、丸田さんが小学生から中学生だった頃に撮ったものなのだ。少年カメラマンの作品集と言っていい。小・中学校時代、すでに廃電車に魅せられ、全国を撮影して回っていたことに驚く。

当時撮られた、公園の片隅や、高架下で朽ち果てている路面電車たち。その凄絶な風景は<昭和の残影>そのものでもある。


廃電車で思い出すのは、以前ボスニアのサラエボで見た風景だ。

93年頃の内戦で、サラエボは壮絶な市街戦の場となり、多くの市民が犠牲となった。昔からの墓地では、市民の遺体が収まりきらず、急遽、オリンピック公園の敷地を掘り起こして新しい墓地を作ったほどだ。

この市街戦で、大量の路面電車が、砲弾や銃弾を受けて動けなくなった。サラエボ市内には、その廃電車がまとめて置かれた「電車の墓場」と呼ばれる場所があった。

どの電車も、車体の側面は銃弾の穴だらけで、ガラスは一枚も残っていない。この中に乗客がいたなんて信じられないほどの有様だ。

電車と電車の間を歩いたり、車内に入ったりしてみたが、天気のいい日だったにも関わらず、そこだけ重たい空気が満ちていた。今はもう、静かに朽ちていくのを待っているだけの路面電車だったが、内戦の痛みを語っているようだった。

かつて、そこに人が乗っていたからこそ、せつない風景。丸田さんが、この写真集に、「レクイエム(葬送曲)」というタイトルを付けた気持ちが、少し分かるような気がする。

廃電車レクイエム―昭和の空地にあった不思議なのりもの
丸田 祥三
岩波書店

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