昨日は、大学院修士課程の院生たちの中間発表だった。
15分間のプレゼン、5分の質疑応答。全員がパワーポイントだが、その使い方というか”使いこなし”には結構な差がある。
書き込み過ぎたパワポは見づらい。さすがに院生だから、話していることが、そのまま文字になって表示されることはないが、ずらりと文字が並んでいると、こちらも、ついそれを読もうとして、説明を聞くほうがおろそかになってしまう。
修士論文のプレゼンテーションもまた、一種の<ストーリーテリング>である。物語の向こうに、未知の世界を見たいのだ。「そうか、そういうこともあるのか」と言わせて欲しいのだ。てなことを、次々と大量のパワポを見ながら思っているほうもヘンだけど。
佐高信さんと田中優子さんの共著『拝啓 藤沢周平様』(イースト・プレス)が出た。お二人の本は、それぞれ読ませていただいているが、共著ってところが興味を引いた。しかも、お題が藤沢周平だ。
藤沢作品を、それほどたくさんは読んでいない。しかし、『海鳴り』『孤剣 用心棒日月抄』『蝉しぐれ』などは、腹にどーんときた。
この本には、藤沢周平をめぐる対談と、佐高さん・田中さんそれぞれのエッセイが収録されている。特に、この対談が面白い。それは、ときどき佐高さんの「過去」「実話」が話の中に顔を出すからだ。佐高さんは、なぜ故郷を離れざるをえなかったのか・・・。
肝心の藤沢作品についてだが、佐高さんは、こんなふうに言う。「負けて初めて知る人生」「渋が転じた甘さ」だと。
また、田中さんは、主人公たちが「大志を抱かない」「いつも何かに後悔している」、さらに「自分を優先させずに、しかし、しっかりと自分自身を生きている」とおっしゃる。
確かに、このあたりが藤沢文学の魅力かと思う。
こんな言葉も出てくる。「時代小説を書くことで、現代では視えなくなったものが、よく視えてくる」のだと。だから、「リストラが進行し人々が追い詰められている状況で、藤沢文学が人々に切実に読まれる」のだ。
藤沢文学に関して、「生きていくからには、こういうことはあるんだよというふうに書いてある小説」というのが、この本で一番気に入った一言だった。
読了後は、当然、藤沢周平が読みたくなった。
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