キャンパスを歩いていると、あちこちで学生たちが地べた(もちろん土じゃないけど)にしゃがんで何かやっている。
のぞいてみると、大きな紙に絵や文字を描いている。学園祭の看板やポスターだ。コンサートやサークルの催しだったりするのだろう。へえ、今年の学園祭の呼び物は「FLOW」なの?
学生の巧みな筆遣いに感心しながら、「そうか、もうすぐ秋祭(あきさい)かあ」。
そういえば、昨日の風も、昨夜の雨も、完全に秋のものだった。秋になっちまったのだ。同時に「今年の夏も終わったんだなあ」と思う。
夏の間にやっておこうと考えていた、あれも、これも、出来なかったなあ、などと、夏休みの宿題を残したまま始業式を迎えてしまう小学生のような、くら~い気分になった。
関係ないけど(いや、あるのか?)、ふと、映画の『さらば夏の日』というタイトルを思い出す。70年公開のフランス映画だ。
毎年、夏の終わりには思い出す。地中海。ひと夏の出来事・・・。主演のルノー・ヴェルレーって、今、どうしてるんだろう?
『風立ちぬ』ってのも、見事なタイトルだ。
「サナトリウム」という言葉を初めて知った。これも秋風が吹き始めると、毎年思い出す。
ただ、困ったのは、ある時期から、堀辰雄の小説のストーリーよりも、高原の風景よりも、真っ先に、松田聖子の歌声のほうが頭に浮かぶようになってしまったことだ。我ながら情けない。作詞家・松本隆さんの罪は重いぞ。
しかし、秋のタイトル(?)で一番凄いと思うのは、何てったって『秋風秋雨 人を愁殺す~秋瑾女士伝』(68年刊)だ。
清朝末期に実在した女性革命家で、詩人でもある秋瑾(しゅうきん)の生涯を描いた、武田泰淳の伝記小説。
「秋風秋雨 人を愁殺す」は31歳で処刑された秋瑾の遺句である。愁殺はたまらんよなあ。
とはいえ、秋風に吹かれて憂鬱になってばかりもいられない。元気を出すべく読み出したのが、岡崎武志さんの新刊『雑談王~岡崎武志バラエティ・ブック』(晶文社)だ。
まさにバラエティ・ブック。岡崎さんが「俺は古本だけじゃないぞお」とばかりに、音楽や、映画や、落語などなどをテーマに書いてきた文章を、まとめたものだ。
いいなあ、こういうの。「岡崎さん、嬉しいだろうなあ」と思って読んでいたら、やはり「あとがき」に、植草甚一さんの名前や植草さんの本『ワンダー・植草・甚一・ランド』のことが出てきた。
そうなのだ。我々70年代の若造たちにとって、植草さんの、それも晶文社から出ていたバラエティ・ブック形式の本は特別な意味をもつのだ。
ここでいうバラエティ・ブックとは、これまた「あとがき」に出てくる坪内祐三さんの言葉を拝借すれば、「一段二段三四段入り混ざった組み方の中に、コラムやエッセイ、評論などが渾然一体となって収められている雑文集」である。
だから、この『雑談王』で読めるのは、小津映画の話だったり、「伊豆の踊り子」や「自由学校」のことだったり、坪内さんや角田光代さんとの対談だったりする。その中でも、小津映画に関する考察など特に面白かった。
本のサイズや、例の組み方も含め、立派な「晶文社のバラエティ・ブック」だ。
あちこちジャンプしながら読んでいるうちに、秋風秋雨に立ち向かうチカラが湧いてきた。
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