中小企業と賃上げ⑥ 支援第1位は社会保険料軽減
静岡県立大学准教授 中澤秀一さん
日本の賃金の構造的引き上げには、最低賃金の引き上げが極めて重要です。今年の改定により、10月から最賃の全国加重平均額は1055円になりました。2015年に安倍晋三政権が「全国加重平均1000円」の目標を掲げてから、急ピッチで引き上げられています。昨年、次なる目標として岸田文雄政権は「30年代半ばまでに全国加重平均1500円」を掲げました。
最賃引き上げを
しかし、全国各地で実施されている最低生計費試算調査では、最賃は少なくとも1500円、人間らしい労働時間も加味すれば1700円ほどに引き上げるべきだとの結果が出ています。いますぐ1500円に引き上げなければならないのです。
近年の最賃引き上げは、中小企業経営にどのような影響を与えたでしょうか。また、いますぐ1500円に引き上げるとしたら、どのような条件が必要になるでしょうか。
表は、私たちが23年に中小企業の経営者を対象に実施した調査(経営者調査)の結果です。安倍政権が加重平均1000円の目標を掲げた時期から22年にかけての毎年約3%の最賃引き上げ(20年を除く)に対し、中小企業がどのような対応をしたのか示しています。
最も多い回答は「正規従業員の賃金水準を引き上げた」で34・6%でした。ミクロ経済学では「賃金を引き上げると雇用は減る」というのが通説ですが、経営者調査で「人員削減をした」は1割弱にすぎません。政府統計の「労働力調査」では、「勤め先や事業の都合」で失業した人は20~21年にかけて増大したほかは、ほぼ横ばいです。
次に、就労調整について見ましょう。昨年9月、岸田政権は年収の“壁”対策を打ち出しました。最賃を引き上げても、所得税の非課税限度額超えなどによる所得の目減りを避けるために就労時間を減らす動きがでると、人手不足が解消できないからだといいます。
2022年にかけての最低賃金引き上げへの対応(複数回答)
就労調整は少数
しかし、経営者調査の回答企業では「就労調整をした人はいない」が43・4%、「1割未満」が26・5%、「1~2割程度」が13・2%と続き、就労調整は少数派でした。就労調整は、より規模の大きい企業の従業員で行われているのかもしれません。
では、中小企業経営者はどんな支援策を求めているのでしょうか。公的支援策の有効性について尋ねたところ、最も多いのは「社会保険料の負担軽減」の62・6%、次に「消費税率引き下げ」の60・5%、「賃上げ時の一時的な助成金の支給」の54・0%でした。このあたりは実際に経営者から要望としてよく聞きます。特に社会保険料の負担軽減は、近年の韓国での最賃引き上げに欠くことのできなかった支援策です。実現が望まれます。
また、「人材育成や人材確保への支援」は52・7%、「取引適正化に向けた法整備や行政指導」は48・6%、「低利融資・債務保証等の金融支援」は46・1%、「新技術や製品・サービスの開発への支援」は44・9%、「経営改善等に向けた専門家によるアドバイス」は36・9%と続きました。
最賃が大きく引き上げられても、賃金引き上げ分を価格・料金に転嫁できれば問題にはなりません。ただ、転嫁した結果、その企業の製品やサービスが“選ばれない”と経営は悪化します。経営者調査で「価格・料金に転嫁した」企業が29・8%と限定的なのは、“選ばれない”リスクを恐れたからでしょう。企業として“選ばれる”ように競争力を高めなければなりません。製品・サービスの品質、従業員の能力、ブランド力等の向上に資する支援策も考えなければなりません。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2024年11月7日付掲載
私たちが23年に中小企業の経営者を対象に実施した調査(経営者調査)の結果です。安倍政権が加重平均1000円の目標を掲げた時期から22年にかけての毎年約3%の最賃引き上げ(20年を除く)に対し、中小企業がどのような対応をしたのか示しています。
最も多い回答は「正規従業員の賃金水準を引き上げた」で34・6%でした。ミクロ経済学では「賃金を引き上げると雇用は減る」というのが通説ですが、経営者調査で「人員削減をした」は1割弱にすぎません。
中小企業経営者はどんな支援策を求めているのでしょうか。公的支援策の有効性について尋ねたところ、最も多いのは「社会保険料の負担軽減」の62・6%、次に「消費税率引き下げ」の60・5%、「賃上げ時の一時的な助成金の支給」の54・0%でした。このあたりは実際に経営者から要望としてよく聞きます。特に社会保険料の負担軽減は、近年の韓国での最賃引き上げに欠くことのできなかった支援策。
静岡県立大学准教授 中澤秀一さん
日本の賃金の構造的引き上げには、最低賃金の引き上げが極めて重要です。今年の改定により、10月から最賃の全国加重平均額は1055円になりました。2015年に安倍晋三政権が「全国加重平均1000円」の目標を掲げてから、急ピッチで引き上げられています。昨年、次なる目標として岸田文雄政権は「30年代半ばまでに全国加重平均1500円」を掲げました。
最賃引き上げを
しかし、全国各地で実施されている最低生計費試算調査では、最賃は少なくとも1500円、人間らしい労働時間も加味すれば1700円ほどに引き上げるべきだとの結果が出ています。いますぐ1500円に引き上げなければならないのです。
近年の最賃引き上げは、中小企業経営にどのような影響を与えたでしょうか。また、いますぐ1500円に引き上げるとしたら、どのような条件が必要になるでしょうか。
表は、私たちが23年に中小企業の経営者を対象に実施した調査(経営者調査)の結果です。安倍政権が加重平均1000円の目標を掲げた時期から22年にかけての毎年約3%の最賃引き上げ(20年を除く)に対し、中小企業がどのような対応をしたのか示しています。
最も多い回答は「正規従業員の賃金水準を引き上げた」で34・6%でした。ミクロ経済学では「賃金を引き上げると雇用は減る」というのが通説ですが、経営者調査で「人員削減をした」は1割弱にすぎません。政府統計の「労働力調査」では、「勤め先や事業の都合」で失業した人は20~21年にかけて増大したほかは、ほぼ横ばいです。
次に、就労調整について見ましょう。昨年9月、岸田政権は年収の“壁”対策を打ち出しました。最賃を引き上げても、所得税の非課税限度額超えなどによる所得の目減りを避けるために就労時間を減らす動きがでると、人手不足が解消できないからだといいます。
2022年にかけての最低賃金引き上げへの対応(複数回答)
価格・料金に転嫁した | 29.7% |
非正規従業員全体の賃金水準を引き上げた | 19.9% |
正規従業員の賃金水準を引き上げた | 34.6% |
正規従業員の賃金をカットした | 3.0% |
人員削減をした | 9.1% |
正規従業員を非正規に転換した | 1.0% |
非正規従業員を正規に転換した | 2.5% |
非正規従業員の労働時間を短縮した | 2.4% |
正規従業員の労働時間を延長した | 0.9% |
賃金以外のコストを削減した | 19.4% |
高付加価値の製品・サービスを開発した | 4.4% |
役員報酬を削減した | 18.0% |
資産を取り崩した | 9.6% |
借金をした | 9.7% |
その他 | 4.0% |
就労調整は少数
しかし、経営者調査の回答企業では「就労調整をした人はいない」が43・4%、「1割未満」が26・5%、「1~2割程度」が13・2%と続き、就労調整は少数派でした。就労調整は、より規模の大きい企業の従業員で行われているのかもしれません。
では、中小企業経営者はどんな支援策を求めているのでしょうか。公的支援策の有効性について尋ねたところ、最も多いのは「社会保険料の負担軽減」の62・6%、次に「消費税率引き下げ」の60・5%、「賃上げ時の一時的な助成金の支給」の54・0%でした。このあたりは実際に経営者から要望としてよく聞きます。特に社会保険料の負担軽減は、近年の韓国での最賃引き上げに欠くことのできなかった支援策です。実現が望まれます。
また、「人材育成や人材確保への支援」は52・7%、「取引適正化に向けた法整備や行政指導」は48・6%、「低利融資・債務保証等の金融支援」は46・1%、「新技術や製品・サービスの開発への支援」は44・9%、「経営改善等に向けた専門家によるアドバイス」は36・9%と続きました。
最賃が大きく引き上げられても、賃金引き上げ分を価格・料金に転嫁できれば問題にはなりません。ただ、転嫁した結果、その企業の製品やサービスが“選ばれない”と経営は悪化します。経営者調査で「価格・料金に転嫁した」企業が29・8%と限定的なのは、“選ばれない”リスクを恐れたからでしょう。企業として“選ばれる”ように競争力を高めなければなりません。製品・サービスの品質、従業員の能力、ブランド力等の向上に資する支援策も考えなければなりません。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2024年11月7日付掲載
私たちが23年に中小企業の経営者を対象に実施した調査(経営者調査)の結果です。安倍政権が加重平均1000円の目標を掲げた時期から22年にかけての毎年約3%の最賃引き上げ(20年を除く)に対し、中小企業がどのような対応をしたのか示しています。
最も多い回答は「正規従業員の賃金水準を引き上げた」で34・6%でした。ミクロ経済学では「賃金を引き上げると雇用は減る」というのが通説ですが、経営者調査で「人員削減をした」は1割弱にすぎません。
中小企業経営者はどんな支援策を求めているのでしょうか。公的支援策の有効性について尋ねたところ、最も多いのは「社会保険料の負担軽減」の62・6%、次に「消費税率引き下げ」の60・5%、「賃上げ時の一時的な助成金の支給」の54・0%でした。このあたりは実際に経営者から要望としてよく聞きます。特に社会保険料の負担軽減は、近年の韓国での最賃引き上げに欠くことのできなかった支援策。