天皇「代替わり」儀式 神格化は明治に「創られた伝統」 憲法の原則にふさわしいものに
歴史学者・神奈川大学名誉教授 中島三千男さん
なかじま・みちお 73歳。
神奈川大学元学長。専門は日本近現代思想史。国家神道、天皇の代替わり、海外神社などを研究テーマにする。著書は『天皇の代替りと国民』『海外神社跡地の景観変容』『若者は無限の可能性を持つ一学長から学生へのメッセージ』など。
2019年に行われる天皇の「代替わり」に関連する儀式について、政府の対応の問題点などを歴史学者で神奈川大学名誉教授の中島三千男さんにききました。(竹腰将弘)
―天皇の「代替わり」儀式はどういう意味をもつのでしょうか。
もともと「代替わり」の儀式は、王の支配の正統性をアピールし、支配基盤を強化するために、王の権威の源泉を目に見える形で大掛かりに演じるものです。
従ってそのあり方は、王権のあり方、つまり「国のかたち」によって歴史的に変遷するものだということを、しっかり押さえる必要があります。
日本の天皇権力の確立は7-8世紀にさかのぼりますが、即位儀礼の装束・服制においては早くから「唐制」といわれる中国の様式が取り入れられ、さらに中世以降には即位儀式そのものに密教(仏教)的要素が取り入れられるなど、江戸時代まではおよそ私たちが思い描く王朝絵巻風な神道的なものとは異なる儀式が行われてきました。これが神道的なものに大きく変わるのは、明治維新に始まる近代以降のことです。
天皇を押し出し、天皇の神格化によって国民統合を図る。日本は神国であり、そこを統治するのは天照大神の子孫である万世一系の天皇家だけであり、そういう国体をもつ天皇家と大日本国は永遠に不滅だとする天皇制正統神話をバックに、大日本帝国憲法や皇室典範、天皇即位の儀礼を規定した「登極令(とうきょくれい)」が法制化されました。
そうした儀式を「伝統」といいますが、これは明治期に、国民統合のために新しく「創られた伝統」にすぎません。
―戦後はどうですか。
戦後の日本では、日本国憲法や天皇の「人間宣言」で天皇の神格化は否定され、国民主権や政教分離が規定されました。天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意」に基づくものであり、「相互の信頼と敬愛」に基づくものとされ、戦前とは異なる「国のかたち」ができあがったのです。
ですから「代替わり」の儀式を検討するうえでは、こうした憲法原則、「国のかたち」に適合したものにすることが求められるのです。
事実、現在の皇室典範は、皇位の継承にあたって「即位の礼を行う」とだけ規定しており、天照大神から授かった「三種の神器」(鏡、剣、勾玉(まがたま))の継承により天皇位を継いだことを意味する「践詐(せんそ)」も、天皇が神聖性を獲得する「大嘗祭(だいじょうさい)」も行うことは規定されておりません。
にもかかわらず、昭和天皇から現天皇の「平成の代替わり」では、一連の儀式を国の行事である「国事行為」と私的行事である「皇室行事」とに区分けするだけで、事実上、戦前の天皇制正統神話に基づく「登極令」をそのまま踏襲する儀式・行事が行われました。
この背景には、神社界の政府に対する猛烈な働きかけがありました。「神社新報」(1月15日号)は「平成の代替わり」のさい、「皇位継承にともなふ諸儀式が消失しかねない危機」を感じた神社界が行った「関係省庁への周知と説得活動が奏功して…なんとか戦前の旧皇室典範及び皇室令に準拠した形」で行うことができたとのべています。
―1月9日に政府の「天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に伴う式典準備委員会」(委員長・菅義偉官房長官)が開かれましたが、そこでの問題点は。
この会合では、「平成の代替わり」で行われた式典・儀式は「現憲法下で十分な検討が行われた上で挙行されたものであるから、今回の式典においても基本的な考え方や内容は踏襲されるべきである」という重大な発言がされました。
これによって、来年5月1日に行われる新天皇の即位儀式において、「平成の代替わり」と同じく、「三種の神器」の継承を中心とする「剣璽(けんじ)等承継の儀」と「臣下が天子に拝謁」することを意味する「即位後朝見の儀」が国事行為として行われることが当たり前であるかのように報じられています。
しかしながら、「平成の代替わり」が予想された時期には、国会で野党議員が質問をしても、昭和天皇が重体であることを理由に、政府は「具体的な内容については答えられる段階ではない」と答弁拒否を続けました。
そして、この二つの行事が国事行為として行われることが公表されたのは、1989年1月7日に昭和天皇が死去した当日、「剣璽等承継の儀」が行われる直前の閣議後のことでした。「現憲法下において十分な検討」が行われたとはとうてい言えないものです。
―日本共産党は先日、天皇の「代替わり」にともなう儀式を憲法の原則にふさわしい行事にするよう政府に申し入れました。
日本共産党が「代替わり」儀式について「政府が閣議決定等で一方的に決定するのではなく、国会や各党の主張・見解にも耳を傾け、できるかぎり各党間の合意を得るとともに、国民が合意できる内容にする努力がはかられるべき」と政府に申し入れたのは、全く時宜にかなったことです。
天皇の生前退位は、国会の議論、主権者・国民の議論によって決まりました。「平成の代替わり」の時には想定もされなかった新しい出来事です。こうした全く新しい事態に対して、その儀式をどのように行うべきか、「国のかたち」が違う戦前の登極令に依拠すべきでないのはもちろん、「平成の代替わり」の例にも安易に依拠すべきではありません。
貧困と格差の問題がこれほど深刻ななかで、前回約123億円(予算)もかけた経費の問題も当然検討されるべきでしょう。
国民主権や政教分離といった現憲法の理念にふさわしい儀式のありかたについて、開かれた国民的議論が一から行われることを望んでいます。
また、この代替わり儀式をめぐる議論は「古色蒼然(そうぜん)」とした言葉に包まれている事もあって、なかなか議論が広がらないきらいがありますが、憲法原則、「国のかたち」をめぐる対立である以上、憲法改悪問題や教育勅語の「復活」、「明治150年」などと密接に絡んだ問題として捉える必要があると考えます。
「しんぶん赤旗」日刊紙 2018年3月31日付掲載
「天皇」は憲法に定められた制度ですから、その継承も憲法に則って行わなければならない。
第1章 天 皇
第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第2条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
皇室典範
第3条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
第4条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
第5条 皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。
摂政(皇室典範)
第6条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
第8条 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。
「三種の神器」を継承することは、天皇家の私的な事で、「国事行為」にあたるのか?
「大嘗祭(だいじょうさい)」も、国の安泰や五穀豊穣を祈るもので、宗教的なものです。
「即位後朝見の儀」にいたっては、「臣下が天子に拝謁」することで、主権在民に真っ向から反するものです。
歴史学者・神奈川大学名誉教授 中島三千男さん
なかじま・みちお 73歳。
神奈川大学元学長。専門は日本近現代思想史。国家神道、天皇の代替わり、海外神社などを研究テーマにする。著書は『天皇の代替りと国民』『海外神社跡地の景観変容』『若者は無限の可能性を持つ一学長から学生へのメッセージ』など。
2019年に行われる天皇の「代替わり」に関連する儀式について、政府の対応の問題点などを歴史学者で神奈川大学名誉教授の中島三千男さんにききました。(竹腰将弘)
―天皇の「代替わり」儀式はどういう意味をもつのでしょうか。
もともと「代替わり」の儀式は、王の支配の正統性をアピールし、支配基盤を強化するために、王の権威の源泉を目に見える形で大掛かりに演じるものです。
従ってそのあり方は、王権のあり方、つまり「国のかたち」によって歴史的に変遷するものだということを、しっかり押さえる必要があります。
日本の天皇権力の確立は7-8世紀にさかのぼりますが、即位儀礼の装束・服制においては早くから「唐制」といわれる中国の様式が取り入れられ、さらに中世以降には即位儀式そのものに密教(仏教)的要素が取り入れられるなど、江戸時代まではおよそ私たちが思い描く王朝絵巻風な神道的なものとは異なる儀式が行われてきました。これが神道的なものに大きく変わるのは、明治維新に始まる近代以降のことです。
天皇を押し出し、天皇の神格化によって国民統合を図る。日本は神国であり、そこを統治するのは天照大神の子孫である万世一系の天皇家だけであり、そういう国体をもつ天皇家と大日本国は永遠に不滅だとする天皇制正統神話をバックに、大日本帝国憲法や皇室典範、天皇即位の儀礼を規定した「登極令(とうきょくれい)」が法制化されました。
そうした儀式を「伝統」といいますが、これは明治期に、国民統合のために新しく「創られた伝統」にすぎません。
―戦後はどうですか。
戦後の日本では、日本国憲法や天皇の「人間宣言」で天皇の神格化は否定され、国民主権や政教分離が規定されました。天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意」に基づくものであり、「相互の信頼と敬愛」に基づくものとされ、戦前とは異なる「国のかたち」ができあがったのです。
ですから「代替わり」の儀式を検討するうえでは、こうした憲法原則、「国のかたち」に適合したものにすることが求められるのです。
事実、現在の皇室典範は、皇位の継承にあたって「即位の礼を行う」とだけ規定しており、天照大神から授かった「三種の神器」(鏡、剣、勾玉(まがたま))の継承により天皇位を継いだことを意味する「践詐(せんそ)」も、天皇が神聖性を獲得する「大嘗祭(だいじょうさい)」も行うことは規定されておりません。
にもかかわらず、昭和天皇から現天皇の「平成の代替わり」では、一連の儀式を国の行事である「国事行為」と私的行事である「皇室行事」とに区分けするだけで、事実上、戦前の天皇制正統神話に基づく「登極令」をそのまま踏襲する儀式・行事が行われました。
この背景には、神社界の政府に対する猛烈な働きかけがありました。「神社新報」(1月15日号)は「平成の代替わり」のさい、「皇位継承にともなふ諸儀式が消失しかねない危機」を感じた神社界が行った「関係省庁への周知と説得活動が奏功して…なんとか戦前の旧皇室典範及び皇室令に準拠した形」で行うことができたとのべています。
―1月9日に政府の「天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に伴う式典準備委員会」(委員長・菅義偉官房長官)が開かれましたが、そこでの問題点は。
この会合では、「平成の代替わり」で行われた式典・儀式は「現憲法下で十分な検討が行われた上で挙行されたものであるから、今回の式典においても基本的な考え方や内容は踏襲されるべきである」という重大な発言がされました。
これによって、来年5月1日に行われる新天皇の即位儀式において、「平成の代替わり」と同じく、「三種の神器」の継承を中心とする「剣璽(けんじ)等承継の儀」と「臣下が天子に拝謁」することを意味する「即位後朝見の儀」が国事行為として行われることが当たり前であるかのように報じられています。
しかしながら、「平成の代替わり」が予想された時期には、国会で野党議員が質問をしても、昭和天皇が重体であることを理由に、政府は「具体的な内容については答えられる段階ではない」と答弁拒否を続けました。
そして、この二つの行事が国事行為として行われることが公表されたのは、1989年1月7日に昭和天皇が死去した当日、「剣璽等承継の儀」が行われる直前の閣議後のことでした。「現憲法下において十分な検討」が行われたとはとうてい言えないものです。
―日本共産党は先日、天皇の「代替わり」にともなう儀式を憲法の原則にふさわしい行事にするよう政府に申し入れました。
日本共産党が「代替わり」儀式について「政府が閣議決定等で一方的に決定するのではなく、国会や各党の主張・見解にも耳を傾け、できるかぎり各党間の合意を得るとともに、国民が合意できる内容にする努力がはかられるべき」と政府に申し入れたのは、全く時宜にかなったことです。
天皇の生前退位は、国会の議論、主権者・国民の議論によって決まりました。「平成の代替わり」の時には想定もされなかった新しい出来事です。こうした全く新しい事態に対して、その儀式をどのように行うべきか、「国のかたち」が違う戦前の登極令に依拠すべきでないのはもちろん、「平成の代替わり」の例にも安易に依拠すべきではありません。
貧困と格差の問題がこれほど深刻ななかで、前回約123億円(予算)もかけた経費の問題も当然検討されるべきでしょう。
国民主権や政教分離といった現憲法の理念にふさわしい儀式のありかたについて、開かれた国民的議論が一から行われることを望んでいます。
また、この代替わり儀式をめぐる議論は「古色蒼然(そうぜん)」とした言葉に包まれている事もあって、なかなか議論が広がらないきらいがありますが、憲法原則、「国のかたち」をめぐる対立である以上、憲法改悪問題や教育勅語の「復活」、「明治150年」などと密接に絡んだ問題として捉える必要があると考えます。
「しんぶん赤旗」日刊紙 2018年3月31日付掲載
「天皇」は憲法に定められた制度ですから、その継承も憲法に則って行わなければならない。
第1章 天 皇
第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第2条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
皇室典範
第3条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
第4条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
第5条 皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。
摂政(皇室典範)
第6条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
第8条 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。
「三種の神器」を継承することは、天皇家の私的な事で、「国事行為」にあたるのか?
「大嘗祭(だいじょうさい)」も、国の安泰や五穀豊穣を祈るもので、宗教的なものです。
「即位後朝見の儀」にいたっては、「臣下が天子に拝謁」することで、主権在民に真っ向から反するものです。