門前仲町の立ち飲みがすごいことになっていると聞いたのは、拙ブログに時折コメントを寄越してくれる、ひざげりさんからの情報だった。
門前仲町には、もう1年くらいご無沙汰だった。しかも、その飲み会も取引先との会合だったため、自由度は低かった。事実上、10年ぶりの門仲訪問といってもあながち間違いではなかった。
駅を降りて、地上に出てみる。さて、どこへ行こうか。そう言えば、昔立ち飲みラリー中に「日本再生酒場」を素通りしたっけ。あの店、まだあるのかな。葛西橋通りを歩いて、確かめに行くと、件の店はまだあった。店内は座りの店だが、外にはテーブル代わりの樽が置いてあって、立ち飲みできるようになっている。それを見て、ちょっと複雑な気持ちになった。最近、こういうお店が多い。スペースを有効利用しようと、店の外を立ち飲みにする。こういうとき、ボクはちょっと躊躇する。こういう店もコンプリートしなければと。しばらく、考えてこの店はスルーすることにした。お客がまだ誰もいなかったからだ。
そこで、今度は旧「和一」に行ってみることにした。ひざげりさんの情報によると、「和一」は閉店し、違う店が居抜きで入ったという。
記憶をたどりながら、「和一」に向かった。多分、11年ぶりだと思う。店の佇まいはほとんど変わっていなかった。一軒家みたいな玄関は、以前と同じようにくたびれていた。狭いカウンターは、人が通るのに難儀する。
「和一」はボクにとって、衝撃だった。まだ、ようやく一人飲みをしはじめた頃で、おどおどしながら店に入ってみると、ビールはセルシーで冷蔵庫にとりに行かなければならず、ボクは恐る恐る冷蔵庫を開けたものである。だが、あの体験がその後のボクを成長させてくれたと思う。今日のボクも店に入って平静を保てたのだから。
店に入ると、客はひとり。ボクは、その人の手前に立ち、陣取った。厨房には、大将が先客と談笑していた。
ボクが、店に入るなり、大将は、こんなことを言った。オーダーは、カウンターに備えつけている紙に書いて出してと。問わず語りに大将が言うには、「一週間前に、板前がやめちゃったんだよね」と言い訳がましく言った。だから、急遽、急造で自分が板前をやることになったのだという。それまで、この大将は、ほとんど料理をしたことがなかったらしい。本職は輸入商社だったか、システム会社だったか、その社長さんである。
一週間、前任の板さをにレッスンを受け、なんとか店をやっているという。
ボクはお酒と「イカ刺」を紙に書いて、オーダーした。お酒は「一ノ蔵」である。
隣の先客によると、前任の板さんは、かなり腕のたつ料理人だったらしい。僅か一週間の違いで、ボクはその板さんのさばく魚を食べそこなった。
それも人生だ。仕方ない。
ちなみに、その先客は、「和一」からの常連さんだという。
大将の手つきは確かにぎこちなかった。けれど、一生懸命仕事をする気概はしっかり感じられた。
その後、続々とお客が入ってきて、あれよあれよと言う間にカウンターはお客で埋まった。そのお客の反応が面白かった。前任の板さんが辞めたことを知っていて、現大将の仕事ぶりをわざわざ見にきてる人。板前 さんが辞めたことを知らず、いつも通りに店に来ている人。それでも大将慣れない手つきながら、なんとかこなしている。
「イカ刺」とお酒が出てきた。
切り方が難しいイカもしっかり一本一本切られていた。何も言わなければ、ボクなんかは全く分からないとこである。だが、多分プレッシャーがあるのだろう。腕のいい板さんで、成り立ってきた店を急に任されたのだから。
イカは新鮮だった。
「おいしいですよ」。
ボクが、言うと、大将は「料理よりも仕入れの方が大変だよ」と言った。
きっと、そうなんだろう。お客の目につかない部分の方が、努力がいるのだろう。
ボクは「一ノ蔵」のおかわりを飲み干して、店をアとにした。
初めて「和一」を訪れて十余年。あの時も衝撃的だったけど、今回もインパクトはかなり大きかった。次回、店を訪問したとき、この店は、どう変わっているのだろうか。
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