名は体を表すとはよくいったものである。
では、店名は店の体裁を表しているのか。それはとても難しい。店名と店の主人のイメージが一致しなかったり、店名と雰囲気が違うところもある。
ましてや、たまに名前負けしているところも見受けられる。
だが、そうやって思うのは言い換えると、店名が店選びの重要なファクターになっているともいえるのだ。
春日部に降りて、ボクとT根とS水嬢は、居酒屋を探すのに20分も彷徨った。春日部は盛り場らしいところがなく、居酒屋はまさに点在していた。
競争にさらされていない土地なのであろう。どこの居酒屋も決め手に欠けた。だが、「ここでいいかな」と妥協して入ったのが、この「お多福」である。
「串揚げ」と「おでん」という看板に、縁起のいい店名。「悪くはないんじゃないか」、我々にそう思わせたというのも事実である。
店に入ってみて、ボクらは少しがっかりした。いや、厳密に言うと、がっかりしたのはボクだけだったのかもしれない。
店の雰囲気がゆるいのだ。統制がとれていないというか、ディシプリンがない。もっと厳密にいえば、厨房とオーダーをとるおばちゃんとで、連携がとれていないというべきか。
案の定、ビールが出てくるのが遅かった。うちの会社の社長ならば、「もう出よう」というレベルである。
競争にさらされていないというべきか。オーストラリアの生態系は動きがゆっくりでも生き残っていける。選択圧が働いていない。
オーダーの動きが緩慢なのを見て、業を煮やしたS水嬢は串揚げとおでんを「盛り合わせで」と大声で注文した。
しばらく、つまみなしで飲む3人。
やがて、おでんが出てきた。関西風と名乗るおでんの盛り合わせ。
そうか、串揚げといい、関西おでんといい、ここは難波の店なのか。そう思うのだが、難波のちゃきちゃき感がない。あの独特のリズム感もない。食い倒れの盛り上がり感もない。
串揚げがプレートで出てきた。
店員はひととおり、「盛り合わせ」の内容を説明してくれた。だが、全然頭に入らない。
「おでん」と「串揚げ」が同時に味わえるという点で、なかなか世間ではお目にかかれない店である。だが味はおでんも串揚げも及第点。値段も「おまかせ」のおでん5点盛りは500円。「串揚げ」の6点盛りは600円。高くはない。
しかも、お店もこぎれいで悪くはない。
だが、お店を支配する独特のリズム感。
それが何に起因するのか。
ある意味、「クレヨンしんちゃん」ともいえる不思議ワールド。
それは静かな暴力。いや、孤高の独りよがり。いやいや、淡白な押しつけ。
この不思議感覚は、やはりしんのすけ的と言うべきなのだろうか。
おでんと串揚げの両看板。ユーティリティは悪くはない。
だが、店名とは違う感覚に陥ったのは、果たしてボクらの責任といえるのだろうか。多幸感に恵まれないのは、不思議ワールドとナンセンスを理解できないが故の3人約1万5,000円という代償だったのか。
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