「なはん」で〆の「じゃじゃ麺」を食べた後、さてホテルに戻ろうかという段になって、N刊自のH部さんから電話が入った。
「飲みましょう」という。
時刻は23時を回っている。これから北上川を渡って、繁華街に行くのは骨が折れる。
H部さんとCちゃんと合流後、「ボクの行きつけの店に行こう」と言った。
もちろん嘘である。たった1回きりしか行ったことのない店を「行きつけ」といったのである。
その店とは4年前におじゃました「花太郎」。
店に行くと、暖簾はかかっているものの、店内は少し暗がりになっていた。
恐る恐るドアを開けて中をうかがい、こわごわと店内に「まだいいですか?」と声を掛けると、おばちゃんが奥から出てきて、少し驚いたそぶりを見せて、「あぁ、いいですよ」とかえってきた。
そうそう、この店の雰囲気、懐かしい。4年前、ボクはL字のカウンターに座って、「そばかっけ」を食べたっけ。
我々はお酒を冷やでいただいた。
確か「地元のお酒がほしい」と言ったH部さんのリクエストにおばちゃんは応え、盛岡の酒蔵さんのお酒を出してくれたと思う。懇親会、「なはん」を経て、ボクはもうへろへろだった。
だから、何を飲んだのか、すでにもうボクの記憶はない。
ただ、ひとつ覚えていることは、店のおばちゃんに「4年前以来ですよ」とボクが言うと、おばちゃんは「あぁらそうね。覚えているよ」と答えてくれた。
そのときのおばちゃんの表情から、それは多分社交辞令なんだと悟ったが、それでもボクはなんとなくうれしかった。
酒肴に何か出てきた覚えがあるが、それが何だったかはもう失念した。
ボクは2杯目のお酒を頼み、あることに気が付いた。いや、記憶の奥底にある懐かしいものが蘇ってきた。
盛岡の夜。それは、コチコチと時間を刻む時計が店のBGMのように音をたて、ついつい会話が途切れると、時計の音だけがやたらと聞こえてくる。まるでそれは記憶にかろうじて貼りついている田舎の家である。
4年前の当ブログで「花太郎」を「田舎に帰ってきた」と評した。
そう、まるで家のようなのである。それはボクに刻まれている強烈な南部生まれのDNAが、それを呼び起こさせているようなのだ。
最近、祖母の家があった一戸町の現在の様子を従兄弟から聞いた。その家はもうすでになく、懐かしさだけがボクの記憶の中に残っている。
人は思い出に立ち返ることで、幸福な気持ちに浸ることができる。その思い出を頼りに酒を飲むことができるのであれば、そこはかけがえのない時間と空間である。
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