クルマのけたたましいクラクションで目が覚めた。窓辺から射し込む朝日は強烈で、わたしは額に、じっとりと汗をかいていた。
時刻はもう、9時を回っていた。
退院後の移動にしては、ハードだったが、体調は悪くない。きっともう大丈夫だろう。
わたしは外に出てみた。
昨夜は全く 気づかなかったが、「ジャイプルINN」は、繁華な通りにあった。巨大な門扉をくぐり抜けると、たくさんのリキシャーワーラーがたむろしている。
5台や6台ではない。10数台のサイクルリキシャーが列をなしていた。わたしが、その門扉から出てくると、彼らは競って、わたしを囲み、「どこへ行くんだ」、「ちょっと、乗ってけよ」と、腕をつかまんばかりに、わたしにたかった。
わたしは、腕を大袈裟に振って、「No!No」と彼らをかわした。だが、彼らはそんなことであきらめたりはしない。それでも、わたしにつきまとい、離れることはない。だが、しばらく無視して歩くと、数人いたリキシャーワーラーは、一人減り、二人減り、やがて追いかけてくるインド人はまばらになる。
結局、最後まで、ついてきたのは、紫のスカーフを巻いた男だった。
わたしは、行くあてがなかったが、どこかで飯を食べようと思っていた。
最後まで残ったリキシャーワーラーは、そんなわたしを見透かし、「飯屋を紹介するぞ」と叫んでいる。柄の悪い男だった。
「いや、いい」とわたしは断り続けた。
それでも、紫のスカーフの男は、サイクルリキシャーをゆっくり漕ぎながら、わたしの後をついてくる。かなり、しつこい男だった。
繁華な通りに出たところに、ちょっとした店があった。どんな店か、よく分からなかったが、とにかくわたしは店に逃げこんだ。テーブルについたわたしは煙草に火を点けて、その男をやり過ごした。彼はしばらく、うろうろしていたが、わたしが出てこないと見ると、姿が見えなくなった。
店は、ターリー屋だった。
数人の男どもが、ターリーを食べている。その男どもの手つきが素晴らしい。
店の主人が来て、わたしに何か言った。
わたしは「ターリー」と言ったが、どうやら通じていない。種類がいくつかあるのだろう。メニュー表もないから、指差しで示すわけにもいかない。わたしは、後ろの男のプレートを指差し、「セイム、セイム」と言った。
どうやら、店は地元の男どもが来る、ローカルな店のようだ。英語が通じない。考えてみると、インドに来てから、約2週間、わたしは本当のローカルな店に来たのは初めてだった。
デリーのパハルガンジで食べたターリー屋には、英語のメニューがあった。チベタンキャンプでは、ホテルに併設されていたレストランで飯を食べていたし、マトゥラ―、アグラーも外国人が来る店で食べていた。
長く旅をしていると、ついつい面倒になって、疲れない店を選んでしまう。カオサンでぬるい暮らしをしてたからだろう。わたしもそんな癖がいつしかついてしまっていた。
だいぶ、元気になったのだろう。
わたしは、自分を顧みられるくらいに回復した自分に気がついた。
ブログにも書いてんだけど、ほとんど全くと言っていいほど覚えてないんだよなあ・・・。(苦笑)
ただ、観光客慣れしていて、多くの観光客目当ての奴がいて、それも一様にすれていたのだけは印象として強く残ってるよ。
さて、師はどんなジャイプルを過ごすのかな?楽しみにしてるよ。
記憶がよみがえってくることもあるけど、思い出せないことがほとんどだね。
インドでやりとりしたレシートやチケットなんかは全部とっていて、当時の地球の歩き方を参照しながら、思い出すようにしてるよ。
ただ、思い出せないことのほうが多いね。
ジャイプルINNの間取りが思い出せないし。
また、インド行きたいよ。