旧江戸川から境川をつたう風が妙に心地よい。
西日はその旧江戸川の方角をきれいに染め、「松の湯」の建物もオレンジ色に輝かせている。
懐かしい。
「松の湯」の壁面にある「サウナ」の看板も20年前と全く同じだ。
ボクは20年ぶりに「松の湯」ののれんをくぐった。
入浴料も20年前と変わっていなかった。
350円。
都内の銭湯は、消費税率の引き上げで軒並み460円になるなか、この350円は出色である。
店のおばちゃんに小銭を支払った。
仏頂面のおばちゃんはなんとも浦安人らしい。
漁師町浦安。
言葉が少ないのが浦安だ。
北栄にあった大塚商店のおばちゃんは、買い物しても「ありがとうござい」しか言わなかった。
頑なに「ます」を省略した。
あぁ、これが浦安の気質なのだなと思ったものである。大塚のおばちゃん、元気かな。
350円を払って、脱衣所に。
脱衣所から見える浴場の風景。え?ペンキ絵ってなかったっけ?
のっぺりとした浴場の壁面には、将棋の駒。
ボクは浴場に足を踏み入れた際に思わず立ち尽くしてしまった。
ペンキ絵のない銭湯に味気なさを感じるボクは考えが古いのだろうか。
日差しが降り注ぐ浴場はまだ人気が少ない。洗面器と椅子を床に置くと、甲高い音が天井に響く。
この音こそ銭湯の醍醐味。体を洗い、湯船に浸かると、予想通り風呂の温度が高い。42℃だろうか。さすが、漁師町。四の五の言わせない湯加減。一本筋が通った飾り気のない浴槽。これこそ、浦安の旧市街の男風呂だ。
風呂に浸かって、境川沿いの風景を思い浮かべる。このあたりが昔、べかぶねでいっぱいだったころの写真を浦安の郷土資料館で見たことがある。「松の湯」を降りて行くと、恐らく懐かしい風景を見るだろう。猫実が昔の浦安を色濃く残した地であると思う。そう、微かに残る漁村の風景。
きっと昔、べかぶねに乗った男らは、仕事を終えて、そのまま「松の湯」に直行したのだろう。
そして、熱い風呂を浴びた後、酒を食らう。
銭湯とは土着の信仰のようなものである。
仕事を終え、神様にその日のお礼をしながら、身を浄める。そんなひとつのイニシエーション。
裸の老人を見る。肉はすっかりたるみ、骨が浮き出ている。背中は若干曲がり、肌に潤いがない。だが、その老人の営みがその体から感じられる。決して服の上からは分からないその浮きあがってくる気。
だから、銭湯は素晴らしいのだ。
裸のままの自分。ありのままの人とその歴史。
コモンズという以上の街の場所。
浦安を感じたいのなら、「松の湯」へ行ってほしい。
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