月曜日は、ピアノのTさんと映画を観に行きました。
「この世界の片隅に」
戦前、戦中の尾道。
穏やかで絵を描くことがすきな主人公が、兄妹と育ち、淡い初恋、周りの人に言われるままに結婚し、夫との関係や義父母や、義姉との関係に悩んだり、嫁として家の生活を支えていく。
その伏線に、戦争があり、原爆投下。
軍港に浮かぶ軍艦を、指差して名前を言うこどもたちは、まるで、「特急はるか!新幹線N700系!」と電車を指差す私の幼い息子たちと同じよう。
少ない食料を、なんとか工夫して多く美味しく食べようと、近所の人からもらったレシピで作って失敗するのは、クックパッドを見ながら、少ない家計で工夫する私のようです。
他にも、義姉さんにダサいと言われて、自分なりに考えて着物を解体して、なんとか素敵なモンペに仕上げるのは、いつもお金をかけずになんとか素敵なものをと手作りしている私たちの仲間のようだし、
夢見がちで、海の波が、うさぎに見えたり、座敷わらしが見えたような気がしたり。
まるで、主人公が私や私の友だちのように思えました。
そこに、空襲。
朝も、昼も、夜も。
電気を消し、火を消し、頭巾をかぶり、防空壕に入り、おさまったらまた出る。
兄が戦死、義父が、爆撃で入院し、姪が亡くなり、主人公は絵を描いた右手を失い、原爆で実家の家族が亡くなります。
主人公も、周りも、次々悲惨になって行く中で、よく耐え、笑顔、学び成長もします。
上映中、何度も泣いてしまいました。
考えさせられる印象的な言葉が、いろいろあります。
一つだけあげると、嫁入りして苦労する主人公に妹がやって来て言います。
言葉は正確ではないですが、
「帰って来たらいい。厳しい兄やんはいないから、家も広くて楽しいよ。」
『私たちは歪んどる。兄やんが戦死してるのがよかったと喜んどる。』
どんな悲惨なことも慣れます。
我慢して耐えていると、歪んできます。
これくらい大したことない。
あれよりマシ。
あの人より幸せ。
歪んでいることさえ、気づかなくなってきます。
面倒臭くなってきたり、楽したいと思ったら、もう歪んでいるのかもしれない。
この映画の中の戦争には、終わりがあることはわかっていたけれど。
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