『小さいおうち』『長いお別れ』などの中島京子さん、好きな作家だから新刊本かなと
思うとすぐに借りてくる。
それでも、いちおうは発行年月日なんか確かめる、パラパラとめくって読んだかなと
思い返すのよ。『オリーブの実るころ』それでもやってしまった、2度目だ。
一話を読み始めて数ページ、うん、やっぱり読んでいる、あちゃあ、だ。
読んだことを思い出さないんだから、はじめてもおんなじだ、いいんだと読み続ける。
『オリーブの実るころ』
恋のライバルは、白鳥だった!?
結婚と家族と、真実の愛をめぐる劇的で、ちょっぴり不思議な6つの短編集。
(吉川英治文学賞 受賞第一作)
「家猫」
バツイチの息子が猫を飼い始めたらしい。でも、家に行っても一向にその猫は姿を
現す様子もなくーー。
「ローゼンブルクで恋をして」
父が終活のために向かった先は、小柄ながらも逞しい女性候補者が構える瀬戸内の
とある選挙事務所だった。
「ガリップ」
わたしたちは、どこまでわかり合えていたんだろう。男と女とコハクチョウとの、
三十年にわたる三角関係の顛末。
「オリーブの実るころ」
斜向かいに越してきた老人には、品のいい佇まいからは想像もできない、愛した人を
巡る壮絶な過去があった。
「川端康成が死んだ日」
母が失踪して四十四年。すでに当時の母の年齢を超えてしまった私に、母から最後の
願いが届く。
「春成と冴子とファンさん」
宙生とハツは、結婚報告のために離婚した宙生の両親を訪ねることになった。
二人は思い思いの生活をしていて。
ああいいなあとしみじみしたのが「春成と冴子とファンさん」いちばん好きかな。
ハツが妊娠したことで、宙生のお父さんの春成に結婚報告をしに会いに行くこと
になって。それもなんだかんだでハツさんがひとりでよ。
ひとりでの結婚の報告に「親父もそのほうが嬉しいとおもうな」
「知らない女と知り合うのも楽しいし、その彼女が自分の孫を生んでくれるんだよ。
シニアにとっては天使が降臨したくらいの話じゃないの?」
なんて宙生の奇妙な理屈、弁明。おとうさんもね、
「宙生といっしょに会うんじゃなんだこうか、本音で話せないだろうと思って」
ってなことを言うの。面白いわね。
宙生が「親」との関係と距離に関しては 「その分野は不得意」というだけあるわね。
でもでもそれだけじゃないけっこう温かな父との関係が。
じゃあ、宙生のおとうさんってどんな人かって。この方がユニークで私好きだあわ。
人工透析しながら船旅や国内放浪をしているのよ、宙生曰く
父の場合、週3回の1日24時間のうち、4時間は、透析、貴様につき合ってやる。
だけどあとの二十時間と週四日は俺さまのもんだって感じで。
ですって、なんたるお父さん。
「結婚されるの?」
「結婚なんて、ららーらー、ららら、らーらー」と歌い出したりして。
借金なんて、ららーらー、ららら、らーらー
透析なんて、ららーらー、ららら、らーらー
四音なら何でも使える、非常に使い勝手がよいって言われては、本家本元の吉田拓郎も
苦笑いだろうな。
ただし三文字だとだめです。
離婚なんて、ららーらーと歌っても腰砕け。浮気なんて、うん?
「ねえ、なんで、あなた。宙生のどこがいいと思ったの?」
「お腹に耳を当てて音を聞きたい、ここでやってみてもいいか」ってなことをサラッと。
「気を付けてね、道の内側を歩いてください。妊婦さんが車道側を歩いていると
ひやひやするんだ。車道側は宙生に歩かせなさい」
あああ、いいお父さんだ、素敵なお父さんだ。
ハツさんだってきっとそう思ったに違いない。お別れするとき、
赤ん坊が生まれたら、また来ます。その前に、ジミ婚するなら連絡します。
と挨拶しているんだから。
次はハツと宙生二人そろって、母冴子さんとパートナーのフアンさんに結婚報告。
冴子のパートナーフアンさん、女性よ。一緒に働き一緒に住んでいるの。
大歓迎した後、そのフアンさんもハツに尋ねる。
「アンタ、ソラオのどこが好きなの?」そして
「サイコの息子の子どもだもん。ソラオの子どもでしょう?それって、ワタシには
孫でしょう?アンタ、連れてきてよ、お願いだから。時々は顔見せてよ。しょっちゅう
来い、とは言わないからさ」
しょっちゅう来い、とは言わないからさ、だなんて素晴らしい気遣いの人だ。
冴子、宙生のお母さんね。フアンさんがよくしゃべるのと対照的に無口な人。
車を降りるときになって、勇気をふりしぼったようにして、耳元でハツに聞いた。
「ほんとに、宙生でいいんですか?」これで2度目の言葉。
「高校のときに家を出てしまって、それからずっと、私は心配で、ずっと心配で」
ハツさんはその言葉を聞いて思わず、冴子の手を取って、まだじぶんのあまり目立たない
おなかに当てたの。
「あ」と、冴子さんが目を泳がせて口を開けた。「また来ます」って。
春成と冴子とファンさん。
宙生のことをハツさんに尋ねる愛情あふれる言葉が、三人三様とはいえ奇しくも
同じだったりして。
読後がすごく温かい気持ちになってほのぼのして、なかなかだ。