まい、ガーデン

しなしなと日々の暮らしを楽しんで・・・

食いしん坊エッセイ傑作選『メロンと寸劇』向田邦子著

2024-11-21 08:58:41 | 

あれっ?向田さん、こんな本書いていたっけ?と。
食エッセイだったのね。食いしん坊エッセイ傑作選とある。
食べものと、それにまつわる人間を見事に描いた珠玉作品を厳選収録か。

向田さんのエッセイにたびたび出てくるお父さんのエピソード。
お父さんは、家庭的に恵まれず、高等小学校卒の学歴で、苦労しながら保険会社の
給仕に入り、年若くして支店長になった方。
それだけに家族の中で特別扱いされないと機嫌が悪くなる。

「昔カレー」の中でもその性格はいかんなく発揮されている。

お父さんには別ごしらえの辛いカレー、コップの水、金線の入っている大ぶりの
西洋皿。
今から考えると、よく毎晩文句のタネがつづいたものだと感心してしまうのだが、
夕食は女房子供への訓戒の場であった。

そんな夕食だから昔ながらのうどん粉とカレー粉で作ったカレーは、
お母さんが給仕の世話をしていると、お母さんの前のカレーが冷えて皮膜を
かぶりしわが寄る。向田さんはそれが悲しかった。

父が怒りだすと、匙が皿に当たって音をたてないように注意しいしい食べていた。
という光景が目の前にありありと浮かんでくる。

カレーをご馳走だと思い込んでいた。
しかも、私の場合カレーの匂いには必ず、父の怒声と、おびえながら食べたうす暗い
茶の間の記憶がダブって、一家だんらんの楽しさなど、かけらも思い出さないのに。

思い出というものはなかなかに厄介なものだ。

「父の詫び状」
今までも何回も読んでいる、そして何度読んでもやはり心の機微に胸を打たれる。

お父さんは仕事柄代理店や外交員の人たちをもてなす。家に連れてきてもてなす。
ある朝、お母さんが玄関のガラス戸を開け放して、敷居に湯をかけている。
酔いつぶれて明け方帰って行った客が粗相した吐瀉物が、敷居のところにいっぱい凍り
ついているその始末をしていた。見かねた向田さんが、
「あたしがするから」と敷居の細かいところにいっぱいつまったものを
爪楊枝で掘り出し始めた。家族はこんなことまでしなくてはいけないのかと思いながらね。

気がついたら、すぐうしろの上がりかまちのところに父が立っていた。
寝巻に新聞を持ち、素足で立って私が手を動かすのを見ている。「悪いな」「すまないね」
労いの言葉なし。黙って、素足のまま、私が終わるまで吹きさらしの玄関に立っていた。

三四日して東京へ帰る日、小遣いの額はそのまま。
仙台駅まで送ってきたお父さんにねぎらいの言葉はなかった。

東京に帰ったら、父の手紙が来ていると祖母が言う。
巻紙に筆で、いつもより改まった文面で、しっかり勉強するように書いてあった。
終わりの方に、「此の度は格別の御働き」という一行があり、そこだけ朱筆で
傍線が引かれてあった。
それが父の詫び状であった。

なんというかほんとうにしみじみするわけよ。
向田父娘の表に出さない感情のやり取りが伝わってきて切なくなる。
自分のように、短絡的にしか相手の気持ちを読み取れないものにはとてもできない。
なんて比べるのもおこがましいわね。

他にも、そんなこんなのいろいろなエピソードがあって、昭和の情景が鮮やかに
浮かんでくる。本当に久しぶりに読んだ向田作品、一気に向田さんの世界に
連れて行ってもらった気がする。

舌の記憶(昔カレー、昆布石鹸 ほか)
食べる人(拾う人、いちじく ほか)
鮮やかなシーン(父の詫び状、ごはん ほか)
到来物・土地の味(メロン、寸劇 ほか)
シナリオ 寺内貫太郎一家2より 第三回

 

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お母様のこと エッセイ『女のイイ顔』田辺聖子著

2024-09-25 09:00:56 | 

涼しくなった。
寝室で23℃パソコンのある部屋で21℃、猛暑の夏とは室温が逆転してしまった。
涼しくなったのはいいけれど、気持ちまで涼しくなってしまって、もてあます。

先日、我らの子どものつれなさを嘆いたことを書いたが、田辺聖子さんのエッセイ
『女のイイ顔』を読んで、ムムムと唸った個所があったので。

田辺さんはお母様とご主人(世にいうカモカのおっちゃんね)の川野さんと毎夕食卓を囲む。
和やかな笑い合う食卓。
田辺さんの老母(田辺さんがそう書いているので)の追憶談。そこらへんの話から、

かねて抱懐せる人生観や牢固たる信念の披瀝という、お決まりのコースになる。

二十代三十代の人間には耐えられぬ老残の愚痴、と受けとめられるが、七十の私、
七十四の夫にとっては、それほどでもない。
「聞くたびにいやめづらしきほととぎす いつも初音の心地こそすれ」 
ー老人の愚痴に、いい知れぬ滋味と興趣をおぼえるようになる。

我らの子どもは四十代だが、耐えられぬ老残の愚痴と思われているのね。
彼らが七十代になったら、滋味と興趣をおぼえるようになるのかしら。
その前に、現実問題、私は夫の繰り言を「聞くたびにいやめづらしきほととぎす 
いつも初音の心地こそすれ」の心境になるかしら。不安だ。

で、田辺さんの老母はあれこれ話して、突然、

<それで、わたしはいま、なんぼになったんやろ?>
私が九十三だというと、老母は愕然とする。
目は頓狂に丸くみひらかれ、口はO形に開いたまま、鼻の下は長く引っ張られて、
鼻腔も伸び、茫漠たる過ぎし時間の累積、あるいは残骸に、ただ驚倒するという風情である。

その時のお母様の顔がしっかり目に浮かんできて可笑しいのなんの、笑わずにいられない。
そこで、実に哲学的な質問をするそうな。

<わたし、そんなトシになるまで、何してたんやろ?!> 

うふふ、いいわいいわ、すごくいい。私ももし90まで生きていたとしたら言いたいね。
しかも盛り上がっている中、突然、みんなの話の腰を折って、
「私、いくつになった?」
<わたし、そんなトシになるまで、何してたんだろうね?!> 
ん?言える相手がいるのかしら、不安になってきた。


 

 

追記
もう少し「MINIATURE LIFE展2  ―田中達也 見立ての世界―」
の記事を書くつもりが、前書きで田辺さんのエッセイの中から抜き書きしていたら、
すっかり長くなってこちらをアップしました。いつもの私です。

それなのに、下書きで投稿せずそのまま本文なしの完成で投稿してしまい、
ごめんなさい。見てくださった方、なんじゃこれ、とお思いになったことでしょう。
「見立ての世界」は明日アップします。

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舞台は京都『スピノザの診察室』夏川草介著

2024-08-28 08:22:55 | 

夏川草介さんの『スピノザの診察室』
「神様のカルテ」に近い作品だろうと、図書室の書棚に鎮座していたからすぐに借りたわ。

主人公の雄町哲郎医師の飄々とした姿に見え隠れするある種の諦念、虚無感が見られることが
すごく印象的で。
それこそ将来を嘱望された凄腕医師で、患者からは慕われ、同僚からは医師として一目置かれ、
大学の准教授からもいまだにアドバイスを求められというスーパードクターな医師なのにね。
スーパードクターがそのままのスーパーぶりで行動していたら鼻持ちならないもの。それが。



雄町哲郎は京都の町中の地域病院で働く内科医である。三十代の後半に差し掛かった時、
最愛の妹が若くしてこの世を去り、 一人残された甥の龍之介と暮らすためにその職を得たが、
かつては大学病院で数々の難手術を成功させ、将来を嘱望された凄腕医師だった。

五橋看護師いうところの
「ここの仕事は、難しい病気を治すことじゃなくて、治らない病気にどうやって付き合って
いくかってことだから、もともとわかりにくいことをやっているの」
そんな京都の町中の原田病院に勤務するそれぞれ個性豊かな同僚医師の面々は、
理事長の原田百三のもと、鍋島外科医 秋鹿淳之介精神科医 中将亜矢外科医。
そして大学病院の花垣准教授 消化器内科医 研修医南茉莉(まつり) 

物語の縦軸がこれらの医師との関係なら、横軸は雄町哲郎医師の患者との関係。
終末を迎えた患者との会話に雄町の信念がくっきりと見えて、私も患者として
雄町医師に診ていただきたいな、なんてことを思ったわけ。

物語に登場するそれぞれの患者に雄町が掛けた言葉の抜き書き。
どの言葉も雄町の根底にある信念や人間味があふれ出ていてしんとする。

坂崎幸雄 胃がん 癌性疼痛に 自宅療養

”こらあ、きついもんでんな、先生”
”そろそろ幕引きですわ。薬、増やしてくれはりますか”
”薬を増やします”
坂崎がほっとしたようにうなずいた。
うなずいてから妻の方に、震える顔を向け、小さく笑ってみせた。

(亡くなった日、雄町は)戸口に向き直って一礼する。
―お疲れさまでした。

矢野きくえ 90歳

「食べたほうがええかねぇ、先生」
「いや無理はしなくてもいいでしょう、きくえさん。人間、食べたくない日だってあります。
 ただ、おじいちゃんのお迎えはまだかな」
「そら残念や。先生は、こんなおばあちゃんにも、まだまだいろんな治療をするんか?」
「動ける人には、それなりに力を尽くすというのが私の方針です」
「動けんようになったら?」
「そのときは」
「静かにおじいちゃんを待ちますか」

今川陶子 膵癌 抗がん剤を使用せず自宅療養 

「六道まいりも始まりました。主人が迎えに来てはるみたいですわ」
「毎年毎年、主人を送り返すのも寂しいもんですさかい、今年はついて行ってもええかと
 思うてます。さすがにもうがんばれやしません」

「(略)がんばらなくても良いのです。ただ、あまり急いでもいけません」
「あっちの世界への道は基本的に一方通行です。(略)
せっかくこちらにいるのですから、あまり急ぐのも、もったいないと思います」

黒木勘蔵 脳梗塞 自宅 骨董屋息子が介護

「『親父がはよ逝ってくれへんと面倒見る俺の方も大変や』なんて、いつもの軽口きいてた
 くらいなんですわ・・・・、それがほんまに逝ってしまうなんて・・・・」

「それで良かったんですよ」
「息子さんがいつも通りに振舞っていた。おかげで、勘蔵さんはいつも通りの安心した
 眠りの中で逝ったのでしょう」
「日々の介護はとても大変だったと思います。本当にお疲れさまでした」
「そないに言うてくれますか、先生は」「先生、ほんまおおきに・・・・」

中でも最も印象に残った患者が
辻新次郎72歳 アルコール性肝硬変 食道静脈瘤破裂 

内服治療だけでは限界があり、今後、定期的な内視鏡検査と追加治療が必要、
と言われているのに「身の丈に合った薬だけもろうて、それで悪くなったら、
相方のところに逝こうと思うてる」と、経済状況が許さない治療を拒否する。

「このままにしといてくれへんんか、先生」
深い諦観があったが、暗い絶望は見えなかった。
人生の終着駅で、あの世行きの列車の到着をのんびりと待っているような、
のどかな旅人の
風情であった。

辻は恐れていたようにひとり自宅で静脈瘤破裂のために亡くなる。
期限切れの免許証の裏に追加された大きな文字「おおきに、先生」
”先生のとこやったら、俺は安心して逝けそうな気がするんですわ” 声だけが降ってくる。

検視に立ち会った巡査が言う。
「財布の中にそんなあったかい言葉を抱えたまま、死んでいけるってのは、結構幸せな
ことなんじゃないかと思います。勝手な話ですが、うらやましいくらいだ」
「おおきに、先生、か。いい言葉ですな」
「本当に、うらやましいくらいだ」

私も巡査と同じような心持になって、辻新次郎さんの姿が見えて泣けてきそうになった。

雄町先生は、なかなかに難しいことをいとも簡単に話す。

「たとえ病が治らなくても、仮に残された時間が短くても、人は幸せに過ごすことができる。
 …そのために自分ができることは何かと、私はずっと考えているんだ」
「人の幸せはどこから来るのか・・・」
私たちにできることは、「暗闇で凍える隣人に、外套をかけてあげることなんだよ」

そんなことを言う。できるのか、そんなこと難しいわ、できないわ、凡人の私には。

京都の銘菓 「長五郎餅」「阿闍梨餅」「矢来餅」がなかなかいいお仕事するの。

きっと続編が刊行されるはずと期待している。
原田病院の個性あふれる医師たちについてももっと知りたいのよ。

 

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志功とチヤと 『板上に咲く』 原田マハ著

2024-08-03 08:55:22 | 

原田マハさんの新作。
「棟方志功」を妻チヤの目線から描いている。
志功とチヤの馴れ初めから、苦楽を共にして志功が世に認められるまでのお二人が個性的で。
毎日が大変なのに全編これユーモアに満ちていて、読んでいてニヤついてしまう。
志功は板画に夢中で他に目が向かない。チヤはそんな志功に振り回されて、それでも志功を
信じて一生懸命応援してついて行く。そして、志功はついに世界の「ムナカタ」になる。
その過程の物語。

1956年の「第28回ヴェネツィア・ビエンナーレ」で日本人初の国際版画大賞を受賞。

「二菩薩釈迦十大弟子」

 

チヤが墨を磨っている。
やがて生涯の伴侶となるその男。棟方志功と、チヤはこうして出会ってしまった。
こうしてという出会いがまた奇跡のようなもので。

チヤが魚を焼いている。

チヤは偶然に出会った棟方を下宿に招き、ヒラメを焼いてもてなし身をほぐして棟方に勧める。

やがて棟方が顔を上げた。黒々とした瞳がうるんで光っている。目と目が合った瞬間、
チヤの胸の奥のほうで、何かがことんとやわらかな音を立てて動いた。
「・・・忘れね。ワ、この瞬間、一生、忘れね」
棟方がつぶやいた。一語一語に情感をこめて。
もう一度、チヤの胸の奥で、何かがことんと鳴った。
たかが焼いたヒラメ一匹をめぐるやり取りである。
そうだとすぐに気づいたわけではない。けれどその日、チヤは棟方に恋をした。

チヤと棟方がデパートで偶然再会した後、新聞のゴシップ欄になんと公開ラブレター。
<チヤ様、私はあなたに惚れ申し候。ご同意なくばあきらめ候 志功>

こうしてチヤは、心のぜんぶを棟方に持っていかれてしまったのだった。

雑誌「白樺」のひまわりの絵を見て
「ーワぁゴッホになるーーーッ!!」叫ぶ志功。

このあたりの件がもうおかしくて面白くて。ゴシップ欄の公開ラブレターだなんて。
そりゃあチヤさん、一度に心を全部持っていかれるわね。意地の悪い私だって持っていかれる。

で。チヤさん、棟方とともに結婚という名の大冒険を始めたはずなのに・・・

チヤが手紙を書いている。

相手は夫、棟方志功だ。
結婚して1年半、今なお離ればなれに暮らすふたりのあいだをつなぐ手紙には、優しい愛の言葉など
ひとつもなかった。
棟方からの手紙は、一緒に暮らせないこんな言い訳が書き連ねられていて
「あなたも、ご苦労、多き事、よくよく分かっては、おりますが・・・」

そんな手紙ばかり届けられるチヤさん、
「私は、いつまで、こんな、暮らしを、しなければ、なら・・・ねんだよもうっ!」
となるわけよ。真剣に腹を立てているのに、やっぱりそんなチヤさんが可愛くて。

いつかきっととあなたはいつも言うが、そのいつかはいつなのか教えてほしい。
私が仕事をしてでもあなたを支えるから。とにかく呼んでほしい。頼むから。

必死。そうよね、分かる分かる。とてもよくわかる、なんだか棟方の誠意が感じられないものね。
居ても立ってもいられないわよね。

二人の子供 家族4人での暮らし、家探し。をしているけれど、何しろお金がない。と。
手紙のやり取りはいつも棟方の手紙の最後の一枚、デカデカと一文字、「無」でちょん。
やっぱりなんだか笑える。「無」だなんて失礼な。チヤさんは泣きたいだろう、怒りたいだろう。

ついにチヤさん、堪忍袋の緒が切れた。そう、何が何でもと東京の棟方のもとに押しかけるわけよ。
無限実行。

チヤが部屋を片づけている。
柳宗悦先生。濱田庄司先生。河井寛次郎先生。を迎える。当然、棟方は落ち着かない。
棟方と尊敬する二人の先生との出会い、そしてそこに加わる河井がまことに印象的で。
その先生方を棟方の家にお迎えするわけだから張り切るわけよね。

棟方志功と妻チヤのふたり、貧乏ながらそこここに醸し出される温かい心が、
通い合うふたりの愛情がにじみ出ていて、読んでいる私も楽しいほんわりしてくる。
そうはいっても、棟方はまっすぐ一心不乱な人だということは分かり切っているから、
その言動に振り回されるチヤさんの様子がなんといっても面白くて。って怒られるか。

ま、順風満帆とは行かずいろいろあったけれど、棟方は世界の「ムナカタ」になっていくわけで。
そこらへんは私にとってはまあいいかでして、ちょっと端折って。

ここで突然、この板画を見るとほんとにしみじみしてくる。棟方さん、大好きなものに囲まれて幸せだろうなあ。

 

ようやく、チヤは気がついた。
自分はひまわりだ。棟方という太陽を、どこまでも追いかけてゆくひまわりなのだ。
棟方が坂上に咲かせた花々は数限りない。その中で、最も力強く、美しく、生き生きと咲いた
大輪の花。
それこそがチヤであった。

原田さんの書く「棟方志功とチヤ」
例によってフィクションとノンフィクションの世界が入り混じって。
すーっと素直にふたりの世界に入っていくことができて、読後感はとてもよかった。

 

板画写真は昨年の東京近代美術館で開催された
「生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ」を鑑賞したとき私が撮影した写真。

 

 

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理佐と律とネネと『水車小屋のネネ』津村記久子著

2024-07-13 08:02:25 | 

いい話だった、本当にただただその想いしか浮かばない。
読んでいる最中も読み終わった後も、しみじみといい話だなあと。
最近読んだ本の中ではいちばんだわ。

かなり重いテーマを含み複雑な問題を孕んでいると思うのに、それが少しも表に出てこない。
淡々と描かれていて、姉妹はそこから逃げず戦わず気負わず乗り越えていく。
それはきっと、作者の津村さんがいうところの二人の姉妹の性格、
「理佐は生活の細々したことは考えつつも、考え込むことがなく、思い切ったことが
できるプリミティブな感じの人です。律のほうが慎重で考え込む感じですね」
が大きく作用していると思う。

小説は第1話の1981年から始まって、10年刻みで91年、2001年、11年と進み、エピローグは21年。
そこで終わる。

身勝手な母とその婚約者から逃れ、山間の町にやってきた理佐18歳、律8歳の姉妹。
理佐が見つけた就職先は小さな町のそば屋。この店はそば粉を水車小屋の石臼で挽いていて、
ヨウムのネネがその監視をしている。理佐の仕事はそば屋の接客とそば粉挽き、
そしてネネの相手をするというものだ。このネネの賢さが物語を彩り豊かなものにして。

裁縫が好きな理佐と、本好きの律。
二人が出会うのは老齢の画家・杉子さん、律の担任の藤沢先生や同級生の寛実ちゃん、
寛実ちゃんを男手ひとつで育てる榊原さん、浪子さんに誘われて理佐が参加した婦人会の女性たち……。
「必要に応じて登場人物を書いていったら、こんな感じになりました」と作者の津村さん。

ー「この程度のことなら自分にもできる」という範囲の親切にしたかったんですよね。
強烈に肩入れして助けてくれる人がいて人生が変わった、という話は拒否したいんです。ー
この津村さんのスタンスがとてもいい。

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子さんは
ー人間同士の関係が、「対ネネ」と変わらないのである。べたべた甘えず、寄りかからず、
踏み込まずに、信頼し支え合う。このフラットな感じはとてもやすらかーという。
そう、物語はそのフラットな感じが貫かれていてすごく共感でき、気持ちよく読み進めていくことが
できる。暑苦しい熱意や好意は読み手も暑苦しくなるだけ。

 

大学に行くためのいろいろを教えてくれた藤沢先生の言葉。
「誰かに親切にしなきゃ、人生は長くて退屈なものですよ」

陽が落ちる直前の渓谷を眺めながら、律は地元の駅へと帰っていった。
恵まれた人生だと思った。
自分を家から連れ出す決断をした姉には感謝してもしきれないし、
周囲の人たちも自分たちをちゃんと見守ってくれた。義兄も浪子さんも守さんも杉子さんも
藤沢先生も榊原さんも、それぞれの局面で善意をもって接してくれた。

自分はおそらく姉やあの人たちや、これまでに出会ったあらゆる人々の良心で
できあがっている。

しばらくの間、自分という人間がおらず、何もしなくていいように感じることを
気分よく思いながら、律は去って行った守さんや杉子さんや、この場にいない
藤沢先生のことを思い出していた。彼らもその場にいるような気がした。

誰かが誰かの心に生きているというありふれた物言いを実感した。むしろ彼らや、

ここにいる人たちの良心の集合こそが自分なのだという気がした。

深い深い凄い言葉だなあと思う。多くの人に助けられてきた律がたどりついた自分自身の今。
いい物語だ。余韻が残る小説だ。


物語をさらに生き生きとさせているのが北澤平祐さん描くイラストの挿絵。
挿絵だけでもじっと見ていられる、想像力をかきたてられる。
単行本にはめずらしく挿絵が多く入っていて、大人のちょっとした絵本ふうだ。

(すべてネット拝借)


2024年本屋大賞2位。私的には読んでいない1位を上回っての1位。

 

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ベテランのお二人 宮部みゆき『青瓜不動 三島屋変調百物語九之続』三浦しをん『墨のゆらめき』

2024-07-05 08:50:02 | 

私が利用しているコミュニティハウスの図書室には、新刊本や話題本がけっこう揃っている。
芥川賞直木賞作品はもちろんのこと、本屋大賞も10位までの10冊がずらっと並んでいるから
ありがたく嬉しい(予約しないから手元に来るのはいつになるか)
そんな中、大好きな宮部みゆきさんと三浦しをんさんの新しい作品が並んでいて、さっそく借りる。
ほんとに、ずいぶんお久しぶり状態で、失礼しましたと。

お二方とももうベテランの域ですね、直木賞選考委員ですものね。お久しぶりなこと、謝らねば。
最新作、面白かった、読むことが楽しかった、わくわくしながら読み進めたわ。
うーん、さすがの宮部さん、三浦さん。なんて、しっかり上から目線で褒めたたえる、えらそうよ。

「三島屋変調百物語」

江戸で人気の袋物屋・三島屋で行われている〈変わり百物語〉
「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」をルールに黒白の間と名付けられた座敷を訪れた客が、
聞き手だけに胸にしまってきた怖い話や不思議な話を語っていく連作短編集。
2006年から宮部みゆきが精力的に書き継いでいる時代小説シリーズ。

九之続まで来ているから、1冊で4話語られているとしてもおよそ36話。
宮部さん、よくぞそんな怪奇な話を紡ぎ出して来たと思うわ。ほぼ全シリーズ読んでいるの。
それなのに、私、「三島屋変調百物語」の話はあまり好きではない。
理由ははっきりしている。
語り手が話す内容があまりにおどろおどろしくて不気味で、後味が悪くがすっきりしないから。
好きじゃないのよ、ホラーじみていたりあまりにファンタジーっぽいのは。
“変わり百物語”だからそういう話になるのは分かってはいる、それなのにね。
中には、これはよかったなという話もあるけれど。

宮部さん、インタビューに答えてご自身で、
「ひさしぶりにいい話を書いた気がします。このところえぐい話が続きましたから」
そうですよ、宮部さん。やはり不気味な後味の悪い作品はご勘弁願いたいです。

 

で、最新本『青瓜不動 三島屋変調百物語九之続
4つのお話
「青瓜不動」身を寄せ合って暮らす女たちを守る不動明王の話。
「だんだん人形」圧政に苦しむ村と土人形の話。
「自在の筆」描きたいものを自在に描ける不思議な筆。
「針雨の里」人ならざる者たちの里で育った者が語る物語。

どの話も恐ろしくはあるが底流に人々の温かい気持ちが流れていて、語る人たちにも共感でき、
なんとなくほっとするわけ。
中でも「青瓜不動」と「針雨の里」が特によかったわ。
「青瓜不動」
お奈津さんの強さ。彼女は農作物が育たない土地を、青い瓜を植えることで改良し、幾多の困難を乗り
越えて
生活の基盤を整えていき、「不幸せで、酷い目にあってきた女たち」が支え合い生きていく場を
作り上げていく。今の世にも来ていただきたいようなお奈津さんの行動力だ。

「針雨の里」
人ならざる者たちの里、そこの里に住む人たちの優しさがしみじみと伝わってきて泣きたくなる
ような話にじんときてしまった。どこか哀しい。

さて、おちかに代わっての聞き手小旦那の富次郎が、自らの人生について重大な決断を下すとある。
憧れていた絵師の道を行くのか、それとも父親や兄のような商売人になるのか。
はたして富次郎が出した答えとは?、なんて。
私は聞き手としては富次郎の方がそれらしくて好きだから、何もどちらにと選ばなくても
今まで通り絵と商売人の傍ら聞き手としての力をつけて行けばいいのにと思っているけど。

 

三浦しをん『墨のゆらめき』

都内の老舗ホテル勤務の続力(つづき・ちから。通称チカ)は、パーティーの招待状の宛名書きを
依頼するため、書家・遠田薫の自宅兼書道教室を初めて訪ねた。副業として手紙の代筆もしている
遠田に無茶振りされ、なぜか文面を考えることになるチカ。その後も遠田から呼び出され、
代筆の片棒をかつぐうち、チカは人の思いをのせた文字と書に惹かれていく……。

ホテルマンと書家、男二人の話とくれば、どうしても思い起す『まほろ駅前多田便利軒』
魅力的なキャラクターで正反対な二人の絶妙な距離感に、便利軒の二人が浮かんでくるわけで。
三浦さん、男二人の物語がうまい。ぐいぐい惹かれていくのよ。かっこいいのよ。

ともかく小気味よくて、理屈抜きにすいすいと読み進めていくことができる。
読み終われば、うん、小説を読む醍醐味がここにはある、なんてえらそうにつぶやくわけ。
それだけに、後半、遠田の自身の来し方の告白は、うんそこか?の感じで。私は面白くない。

「墨の揺らめき」というタイトルが示すように、書の魅力が余すところなく書かれていて、
書の展覧会に足を運んでみようかなという気持ちにさせてくれたわ。
あわよくば、書道教室で小学生に交じって、遠田にお習字を教えてもらいたくなったわ。

 

 

 

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彼女の願いはかなったのか『バースディ・ガール』村上春樹著

2024-04-24 08:58:13 | 

書架の村上春樹の並びに紛れ込むように挟まれた薄い薄い1冊の本。64頁。
それだけで手に取ってみてぱらぱらとめくる。強烈なイラストの挿絵。
これなら面白く読めるかなと。

 帯が付くと 

ほぼ全編見開き左ページに東ドイツ・ルッケンヴァルデ生まれカット・メンシックのイラスト。
右ページに文章。ちょっと馴染みがない、今まで読んだことがない。
その毒々しいまでのイラストが二人の会話を端的に物語っていて、大人の絵本の様相に見える。

物語は回想から始まる。

二十歳の誕生日を迎えた女の子は、誕生日もまたアルバイト先のイタリア料理店で働いていた。
その日、店のフロア・マネージャーが体調を急に壊し、代わりに彼女がフロア・マネージャー以外
誰も姿を見た事の無いオーナーに夕食を運ぶ事になる。時間通りに食事を運んだ彼女はオーナーに
年齢を尋ねられ、今日が二十歳の誕生日であると言う。彼女はオーナーに誕生日を祝福のしるし
として一つだけ願い事を叶えようと言われ、戸惑いながらも一つの願い事をする。

回想する彼女に聞き手の「僕」は尋ねる。願い事は叶ったのか、願い事に後悔はないか。

ほとんど彼女とレストランのオーナーとの会話。禅問答のような会話が続く。
うーん、理解できるようなできないような。
ありふれているようなそこから深読みしそうな。
結局、彼女とオーナーとのやり取りはなんだったんだろうかと。
私も聞き手の僕と同じように聞きたい、知りたい。
今の彼女はどうなのか、その時願った生活をしているのか。

 

二十歳の誕生日、彼女は普段と同じようにウエイトレスの仕事をした。
オーナーに食事を運んだ部屋での会話。(会話はかなり省略しています、彼女の部分だけ
彼女と記して、ついていないかぎかっこはオーナー)

彼女「二十歳になりました」
 「今からちょうど二十年前の今日に君はこの世に生を受けた」
 「そいつはいい。それはおめでとう」
 「お嬢さん、君の人生が実りのある豊かなものであるように。なにものも
  そこに暗い影を落とすことのないように」

誕生日のプレゼント
 「君の願いをかなえてあげたいんだよ。(略)なんでもいい。どんな望みでも
  かまわない。もちろんもし君に願い事があるならということだけれど」
 「こうなればいいという願いだよ。もし願いごとがあれば、ひとつだけかなえてあげよう。
  それが私のあげられるお誕生日のプレゼントだ。しかしたったひとつだから、
  よくよく考えた方がいいよ」
 「ひとつだけ。あとになって思い直してひっこめることはできないからね」

 「お嬢さん、君には願いごとがあるのかね。それともないのかね?」

彼女「だから私は言われたとおり、願いごとをひとつした」

その願いごとはオーナーが思っていたのとはかなり違っていたようだ。


彼女「もちろん美人になりたいし、賢くもなりたいし、お金持ちになりたいとも思います。
  でもそういうことって、もし実際にかなえられてしまって、その結果自分がどんな
  ふうになっていくのか、私にはうまく想像できないんです。かえってもてあましちゃう
  ことになるかもしれません。私には人生というものがまだうまくつかめていないんです。
  その仕組みがよくわからないんです」

「これでよろしい。これで君の願いはかなえられた」
「ああ、君の願いは既にかなえられた。お安いご用だ」

 

聞き手の僕
  「僕が知りたいのは、まずその願いごとが実際にかなったのかどうかということ」

彼女「イエスであり、ノオね。まだ人生は先が長そうだし、私はものごとの成りゆきを
   最後まで 見届けたわけじゃないから」

僕 「君はそれを願いごととして選んだことを後悔していないか?」

彼女「私は今三歳年上の公認会計士と結婚していて、子どもが二人いる」
彼女「男の子と女の子。アイリッシュ・セッターが一匹。アウディに乗って、週に二回
   女友達とテニスしている。それが今の私の人生」
彼女「私が言いたいのは」
彼女「人間というのは、何を望んだところで、どこまでいったところで、自分以外には
   なれないものなのねっていうこと。ただそれだけ」

小説はもちろん答えを出していない。
彼女は現在、公認会計士と結婚していて子供が2人いる。ペットはアイリッシュ・セッターで、
車はアウディ。週2回は友人とテニスを楽しみ、日本では馴染みの薄いバンパー・ステッカーに
ついても軽く冗談を交わせる。

そんなプチセレブな生活が彼女の願いだったのかしら。
そうだとしたら、と考えてしまう。うーん、違うだろうな、とは思うけれど。
64頁の小説は私には難しい。

 

 

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身近な問題でして 『老父よ、帰れ』久坂部羊著『カモナマイハウス』重松清著 

2024-01-28 09:00:52 | 

この挿画好きでして。これを見て選んだようなものです。
久坂部さん、初めてです。

45歳の矢部好太郎は有料老人ホームから認知症の父・茂一を、一念発起して、
自宅マンションに引き取ることにした。

認知症専門クリニックの宗田医師の講演で、認知症介護の極意に心打たれたからだ。
勤めるコンサルタント会社には介護休業を申請した。妻と娘を説得し、大阪にいる
弟一家とも折にふれて相談する。好太郎は介護の基本方針をたててはりきって取り組むのだが……。
隣人からの認知症に対する過剰な心配、トイレ立て籠もり事件、女性用トイレ侵入騒動、
食事、何より過酷な排泄介助……。(略)
懸命に介護すればするほど空回りする、泣き笑い「認知症介護」小説。

宗田医師の講演内容というのが、
「認知症の介護で重要なのは、感謝の気持ちです。それと敬意。今は認知症になって
しまっていても、みなさん、親御さんに感謝すべきことはありませんか」
恩返しのつもりの介護ですって。

さあ大変、この問いかけを聞いてからの好太郎さんは父親の介護のことを考え直し始めた。
「認知症の介護を難しくしているのは、自分の都合が紛れ込むからです。いい介護をしたい、
だけど、自分の生活は乱されたくない、これではいつまでたっても問題は解決しません」
なんて言われては、父親を施設に入所させていることが心苦しい。

ってなわけで、介護施設にいる父を自宅に引き取って、自分で介護し始めたわけよ。
冷静な奥さんの泉さんはしぶしぶでも協力することに、大阪に住んでいる弟夫婦も
客観的な意見を持ちつつも、好太郎さんの介護を応援するわけ。それぞれが、はっきり
自分の考えを言いつつも好太郎さんの意志を尊重する素敵な家族で、好太郎さん、恵まれている。
が、老父の介護はそうは好太郎さんの思ったようには進まない。
てんやわんやの騒動がほぼ毎日起きる。いやはや、それは自宅介護を決めた時からの想定内の
あるあるなはずで。

認知症介護の現実は厳しいことは承知の上で(頭の中だけ)読後感はまことにあたたかいのよ。
好太郎さんの考えていることや行動が可笑しくて、ついぷっと吹き出しそうになるのよ。
ユーモアたっぷり。それって、取り巻く家族が思いやりがあり優しいってことが根底に
あるのね、きっと。

私は夫の認知症介護を想定しつつ読んでいったので、速攻で施設入所にいたします、と決めたわ。
もちろん、そうなったら自分もよ。

 

 

空き家の数だけ家族があり、家族の数だけ事情がある――。
不動産会社で空き家メンテナンス業に携わる水原孝夫。妻・美沙は、両親の看取り後、
怪しげな「お茶会」にハマっており、31歳になった元戦隊ヒーローの息子の将来も心配だ。
そんなとき、美沙の実家が、気鋭の空間リノベーターによる「空き家再生プロジェクト」
の標的になるのだが…実家がきわどい「空き家再生策」の標的に!?
空き家をめぐる泣き笑いの家族劇、いざ開幕!

全国の空き家は849万戸で、人口がそれより少ないブルガリアやデンマークなら、
〈一つの国がそっくり引っ越してきても受け容れられるほどの空き家が、いまのニッポンにはある〉
そうだ。主なき家は無用に見えるが、柱の傷は住んでいた家族の歴史でそれぞれに思い出がある。

うーん、まあそうね。でもまあそうは言ってもやっぱり空き家になった自宅はほっておけない。
どこかでけりをつけなくてはいけない。
そのけりをつけるまでの過程が大事なんだろうな、と経験者の私は語る、なんて。

この物語も空き家をテーマにしつつ家族の関係を見つめなおしているから、重松清さんらしい。
中の登場人物70代の3人娘「追っかけセブン」(息子の追っかけね)
「夫婦関係は愛情→友情→人情→根性」というのが笑えて。なかなかいいよね。

 

小説なのか啓蒙本なのか分からない本2冊、面白かったのだけれど。
読み終わったら、物語らしい長編小説を読みたくなったことは内緒。

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あるあるだわ 『逝きたいな ピンピンコロリで 明日以降』三浦明博著

2023-12-11 09:03:08 | 

元同僚定例会での話。
近ごろ物忘れが激しいって。全員頷く。ひとりが歯医者の予約を2回も忘れたって嘆くのよ。
2回もか。
ひどいでしょ、信じられないわ自分がって。それはちとひどいよね、うん。
でも、あるあるな話。

コミュニティハウスで本のタイトル見て速攻で借りる。
きっとその手の話だから慰めてもらおうと。本の中で笑い飛ばそうとページをめくったわ。
いやいや違った、いい意味で裏切られた。
ポジティブなのよ明るいのよ、読後、お得意の「ま、いっか」が出そうなの。

この挿画がまた楽しくて 登場人物オールキャスト

 
 四股を踏んでいるのは拓三さん

 交通安全見守りも拓三さん

 

 取っ組み合いはヒサさん

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポールの人は千鶴さん

 ソファー寝転びの人は早苗さん

 下の人はヒサさん

 

 

 

 

 

 

 

 

シニア世代7人の日常あるいは特別エピソード。青字は作者の川柳。

*もの忘れ  (浅野拓三・68歳)

今日もまた アレ・コレ・ソレで 日が暮れて

拓三さん、近ごろレンタルビデオ店でDVDを借りてひとり名作映画鑑賞会をしている。
が、同じビデを何回も借りてめげるわけよ。
でもでも拓三さん、自分に言い聞かせる。
物忘れの一つや二つ、十や百・・・それが千でも万でも、気にしない気にしない・・・。

私もこの間、図書館で以前借りてきた本をまた借りてきた。
でもいいの、誰に迷惑かけるわけでもなし、気にしない気にしない。


*墓じまい  (神楽一夫・72歳)

墓じまい しまうつもりが 大モメに

一夫さん、墓じまいをしようと家族、兄妹、親戚に相談をした。みんな大反対。
中で義弟だけが賛成してくれて、おまけに尊敬しているとまで言われて。
思わず涙ぐむわけよ。
次に思い出したのが大叔母で、墓じまいの件について洗いざらいぶちまけて相談するるわけ。
「あんたも難儀なことだったな。まんず、お疲れさんでした。大変だったなぁ」
またもや目頭が熱くなる。大叔母の言葉は続く。
「(略)めんこい子や孫たちに重荷をしょわさないように、あんたは、一生懸命考えたんだべ?
わたしは、それでいいと思う。墓じまい、いいじゃないか。わたしは大賛成だ」
またもや嗚咽がもれる。

一夫さん、立派立派、偉いわ。私も人生の大先輩にどやされて。
「おめが死んだら誰が始末する、残されたもんが迷惑だが。はよせんか」って。
私、独断専行でやった。

 

 泣いている人は一夫さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*ウォーキング(宮戸千鶴・66歳)

ウォーキング ポールか杖か 分からない

千鶴さん、膝が痛くてかかりつけの日出子先生に相談したら、ノルディックウォーキングを
勧められた。すっかりその気になって練習を始める、効果も出てきた。
やがて同じ趣味のお友達もできてすっかり調子に乗って、ああやっちゃった。
そんなときお友達とリハビリと称して一泊の温泉旅行に行くことになって。

知り合い以上友達未満と感じていた関係が少し深い関係を結ぶことができて。
人生の終わりが見えはじめたいま、知り合えたことに意味があるような気がした。
自分の一生の終盤戦に入って、こんな愉しみを見つけることができるなんて、
人生まだまだ捨てたもんじゃない。何歳になっても新しいことって起きるんだな。と思うわけ。

千鶴さん、柔軟なのね。誰のアドバイスも受け入れる柔らか頭を持っているのね。
頑固な私には新しいことを受け入れるのは難しい。

*遺影用   (岡慎平・68歳)

写真裏 メモを発見 遺影用

慎平さん、ふと手に取ったアルバムの中から1枚の写真が落ちて見てみると。
なんと、写真の裏に「遺影用」と。さあて「遺影用」と書いた犯人はだれだろう。
犯人探しが始まる。妻か娘か息子か。うーん、記憶が蘇った、それを書いたのは。

慎平さん、面白い。結果良ければすべてよし。犯人が分かってよかったね。


*まちの小さな本屋(福禄初子・80歳)

年とれば 町の本屋が ありがたい

ひとり暮らしで本が大好きな初子さん、ちょっとしたきっかけで町の本屋さんに
出入りするようになる。
初子さんはやがて常連客と顔馴染みになって、治子さん葵さんと読書仲良し三人組に
なっていた。三人は読書会を始めるようになり、小学校で読み聞かせをするようになり、
老人ホームへ慰問に行って本を読むなんてことも計画するようになる。
初子さんは、目に見えて生き生きしてきた。

ある日大きな地震が起き一人暮らしの初子さんを心配して、本屋の文樹が訪ねてみると。
初子さんはいろいろ備蓄しているから大丈夫、と言うの。
おまけに水の備蓄ならたっぷり用意してあるなんてことまで、そして自分の膝を見せ
「ほらここにも水、溜めてるの」なんて。
「いざとなったらさ、ここにストロー刺して、吸って飲もうと思っている。チューチューって」
自分のような一人暮らしの年寄りは、いざというときに頼れるのは結局、自分だけ。って。

初子さん、すごいわ。積極的だわ。ユーモアあり覚悟ありの人生。お手本にしなければの人。

*いじわる  (一条ヒサ・73歳)

世の中は バカばっかりだ 腹の立つ

ヒサさんはいじわるをして喜ぶ。
一日一善ならぬ、一日一悪だ。何か、とてもいいことをしたような爽快感があった。
なんて悦に入るばあさんなの。
禁煙している隣のジジイの禁煙を破るよう仕向けたり、同じように嫌われている天敵の
トメさんね、この人はイヤミだと言って具合が悪そうなトメさんに弔辞を渡したりするの。
はあ、ここまですれば大したものね。
そんないじわるの一つ神社に行って昔書いた絵馬に追加して書くから絵馬を探させてくれ、
なんて。そりゃあ神官も戸惑う。でも押し切ったヒサさん自分が昔書いた絵馬を見て愕然とするの。
<今年は皆から愛される年寄りになれます様に一条ヒサ>

境内のベンチに腰を下ろしてぼんやりと、そこへ男の子が。
お母さんに、一人だけでいいから仲良しのお友達ができたらいいと教えられている男のことの会話で
ヒサさん、人生の大センパイとしてかっこつけなきゃいけない。
「そう。あたしにもいるよ、一人だけ」
自分には友だちと呼べる相手などいないけど、老い先短い人生でも終わったわけじゃないから
ここからだって友だちはできるかもしれないって。

ヒサさん、いじわるも大変だ。
長谷川町子さんのいじわるばあさんを思い出したりしたの。ヒサさんのこと、なんとなく好きかも。


*上にサバ  (土谷早苗・98歳)

高齢を 褒められたくて 上にサバ

早苗さん、年に似合わず足腰はしっかりしているし、もちろん頭の方だって、しゃんとしている。
早苗さん、趣味で写真を続けている。もう70年以上も。
で、長年の念願だった個展を開くことを決心したんだって。そして準備も手配も何もかも
自分でやって、いやただひとりお孫さんの手を借りてね。最初はぽつぽつだった客足が最終日に
突如急増、大盛況。おまけに肖像写真を撮って欲しと言う男性まで現れて。

「死は、皆にひとしなみに訪れるもの。でも人生のどこかで、まんざらでもなかったなと
思えたら、それはいい人生だったと、あたしは思う」

早苗さん、素敵。
私も、まんざらでもなかったなと思える人生にしたい。今からでも遅くないわよね。

 

シニア世代、それぞれのあるあるなお話があたたかい。
読み終わった後、これまでもこの後も、人生捨てたもんじゃないと思わせてくれるのよ。
ひっくり返って、にやにやしながら読んでたの、ごめんなさい。

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『池波正太郎の銀座日記(全)』を読む

2023-08-25 08:04:50 | 

今回の佐渡行きのお供は池波正太郎さんの『池波正太郎の銀座日記(全)』
いつもは本なんぞ持参しないが、テレビも何もない暑い日々を過ごすのにふさわしい作品をと思って
選んだ次第で。池波さんのエッセイは少しは読んだつもりでいたが、一番好きな作品と言っていい。
今までも繰り返し読んでいたが、ここ何年は手に取ることもなかったの。
今年は池波さんの生誕百年ということもあってか(関係ないわね)、小説でもなく随筆でもなく日記と
いう形態が
ちょうどいいかなと思って。佐渡滞在中は時間がたっぷりあったので、心おきなく読んで
池波さんの
日常に思いを馳せていた。

週に何度となく出かけた街・銀座。少年のころから通いなれたあの店、この店。
そこで出会った味と映画と人びとは、著者の旺盛な創作力の源であった。
「銀座日記」は、街での出来事を芯にした、ごく簡潔な記述のなかに、作家の日常と
そこから導かれる死生観を巧みに浮き彫りにして大好評であった。
急逝の2カ月前まで、8年にわたった連載の全てを1冊に収めた文庫オリジナル版。

昭和の終わりから平成にかけての銀座を歩いていた池波さんの日記。
大好きな映画の試写に出かけ、ご贔屓の蕎麦屋やレストランで飲みながら食事をし、主に銀座で
お気に入りの買い物をして、小説や随筆を書く苦労や喜びを綴っている、ほぼほぼそんな日々を
送っている池波さんの日常の、ほんの一部分を抜き書き。(日にちは順通りではなくて前後している)
すべての日は✕月✕日となっている。

晩春から初夏へかけての銀座の夕暮れ。これだけは何といっても大好きだ。ぶらぶらと歩いてから、
地下鉄で帰宅する。

心身快調。銀座へ飛び出す。

もうこの一文だけで池波さんの心の弾みようが分かる。

池波さん、夜食を食べる。夜食は何を食べるとその日のうちから決めている。
(夜食に)痛風を恐れつつ、テリーヌをたっぷりといただく。ってな具合に。

✕月✕日 ある晩、夜食を作ろうと台所に降りて行ったら、お母さんが雨戸をあけ始めたそうな。
おふくろも、ボケたもんだって。
で、人のことはいえない。六十になった私も、いろいろと近ごろは怪しくなってきたって。

夜食を終えて、仕事にかかるが、先月から七十枚ほど書きためていたS誌の小説、どうも気分がのらない。
おもいきって、全稿、初めから書き直すことにして十五枚すすめる。
こんなことは二十年ぶりなり。
なんだか、うまく行きそうになってきて、久しぶりでぐっすりと眠る。

最初の方の日記だが、その後も仕事のことでの苦労がにじみ出ている記述が多くあって。睡眠薬もよく
飲んでいたようだ。池波さんにしてもそのようなことがあるのかと。
後半の方になると、そういった日々がいっそう多くなる。

弱った。すっかり、怠け癖がついてしまった。毎日、ベッドでごろごろしている。こうなると、
自分でもじれったいほど、で何をする気も起らぬ。元来、私は怠け者なのだ。これは自分でよく
わきまえている。なればこそ、仕事を前もってすすめるようにしているわけだが、怠け者の自分にとって、
これは非常に苦痛なのだ。なるほど、いまは怠けていられるが、来月、再来月と新連載の小説が
重なって始まる。それを考えると怠けてはいられないのだ。
昨夜、気力をふるい起し、何日ぶりかで机の前に座り、ペンを取った。
二枚、書き出せた。それでやめる。

昨夜のうちに、きょうの仕事を決めておいたので、朝早くから飛び起き、食事をすませて取りかかる。
といっても、いま週刊誌へ連載中の短い随想と絵の一回分をやっただけで、すぐに終わってしまう。
(もう一回分・・・)
そうおもったが、ベッドへ転がったら、もうダメだ。そのままで、日が暮れてしまった。

夜は、週刊誌の小説を書く。もうすぐに完結となるので、すべて頭の中へできあがっているから、ペンは
どんどんうごいてくれる。

帰って〔鬼平犯科帳〕を書き終える。五十余枚の短編に十三日もかかってしまった。こんなことは久しぶりだ。
ともかくもほっとする。今夜はよく眠れるだろう。
来月から始まる週刊誌の小説、その題名に苦しんでいたけれども、ようやく二つほど思いついたので、
題名は決まっても、何を、どのように書くかは、第一回目を書いてみないことにはわからない。
いつものことなのである。しかし、主人公が女であることだけは決まっている。

新年から週刊文春で始まる連載小説の第一回だけでも、旧年のうちに書いておこうと
おもったが、〔秘密〕という題名は決まっても、やはり、書けなかった。私の小説は書き出して
みないことにはわからない。これはむかしからの癖で、いまさらどうにもならぬが、いつも
新しく始める小説を書くときの不安は消えない。

それに比べて、挿絵や表紙の絵を描く仕事は実に楽しそうで生き生きとした様子が読むほうにまで
伝わって来るから、よほどにお好きなんだなと。

池波さん、持病の痛風に悩まされる。この後も痛風の記述が書かれている。

足の痛みも薄らいだので、ステッキをついてCICの試写室へ行く。(略)
ゆっくりと銀座を歩く。
もっと歩きたいし、久しぶりでバーにも寄ってみたくもなったが、まだ歩行は充分とはいえないので、
大事をとって帰宅することにする。
大事をとる・・・・なんたることだ。そんなことは十年前の私には考えられなかった。これだけでも
年寄りになっちまったきがする。

猛暑、連日つづく。このくらい暑くなると、私の体調はむしろよくなる。食欲も出てくるし、容易に
屈服しないのは毎年の夏の例に洩れない。しかし、男も六十をこえると、体調が微妙に変わるし、
いかに好調だとて、それを持続することがむずかしくなってくる。

現代の激動とスピードは、物事の持続をゆるさぬ。
夕飯に、少し松茸を入れた湯豆腐をする。
そして秋の到来をおもい、一年の光陰を感じる。
何も彼も「あっ・・・・」という間だ。
今年は病気をしたりして、仕事のだんどりが狂い、暑い夏に、ひどい目にあった。もう二度と、
このようにならぬことだ。来年は、さらに生活を簡素にしたい。

この秋ほど、知人・友人が多く死去したことは、私の一生に、かってなかったことだ。
いよいよ、私の人生も大詰めに近くなってきた。この最後の難関を、どのように迎えるか、
まったくわからぬ。怖いが興味もおぼえないではない。

池波さん、日記の後半になると、頭痛を訴える記述が多くなる。
頭痛は寒さのせいか老母の体質を受け継いでいるのかと。

夕方、〔天國〕で天丼を食べてから帰宅。
風が鋭くて冷たく、頭が痛くなった。

 
                  贔屓のうなぎの「前川」

〔L〕へ行き、ロールキャベツとパンで赤ワインを少しのむ。これでもう近ごろの私の腹は
満ち足りてしまう。ほんとうに食べられなくなってきた。

神谷町のフォックス試写室で映画を見た後(略)、外へ出て、先ずコーヒーの豆を買い、タクシーで
神田へ出て散髪。それから、かねて行きたいとおもっていた〔B亭〕へ行き、水ギョウザと
チャーシューメンを食べる。濃い味だが両方とも本格的だった。
神保町へもどり、本などの買物をすませてから、コーヒーとホットケーキ。
タクシーで帰宅する。ようやく今月の仕事の目鼻がついたので気分に余裕ができたのかして、
知らず知らずにウォークマンを取り出し、テープを聴く。

春は、私にとって、いちばんいやな季節だ。毎日、鬼平犯科帳を少しずつ書きすすめている。
気が滅入るばかりだ。今月は歌舞伎座で吉右衛門が〔鬼平〕を演っているので、ぜひとも
行きたいとおもっている。だが、行けるかどうか・・・。それほど、私の外出嫌いは重症になって
きている。

「銀座日記」を読んでいた川口松太郎さんから、
「・・・銀座日記をよむと、少し食べすぎ、のみすぎ、見すぎ(映画)という気がする。
とにかく大切に・・・」というハガキをいただいたこともあったのに。すっかり気弱くなって。


 

「池波正太郎の新銀座日記」最後の✕月✕日の日記

午後になって、少し足を鍛えようとおもい、地下鉄の駅まで行く。往復四十分。息が切れて、
足が宙に浮いているようで、危くて仕方がない。
いろいろな人から入院をすすめられているが、いまは入院ができない。また、入院したところで
結果はわかっている。(略)
去年の日記を読み返してみると、まだまだ元気で、一日二食だが欠かさずに食べている。そのかわりに、
家人が重症の拒食症になってしまい(これでは、来年が保つまい)と、おもっていたが、今年になって、
私が同じ症状になってしまったのである。
拒食症というのも、辛いものだ。やせおとろえて体力がなくなり、立ちあがるのにも息が切れる。

ま、仕方がない。こんなところが順当なのだろう。ベッドに入り、いま、いちばん食べたいものを考える。
考えてもおもい浮かばない。

 

この後平成二年三月に入院、急性白血症と診断されて五月三日に亡くなっている。
長生きではなかったと記憶してはいたけれど、70は越していたと思っていたから67歳で急逝していたなんて
今の寿命で言えば若くして亡くなったんだ。どこか長谷川平蔵の人となりと重なってくる池波さんだった。

 

生誕100年 時代小説作家 池波正太郎の世界 ~読んで・見て・歩いて知る 作品の魅力~

 

 

 

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