*サワフタギ* かと思うのですが、こんな山の木が民家の空き地に植えてあるのかなあ、と疑問にも・・
実なのか花なのか・・・びっしりぶら下がっています。見事。
高木なので見上げるとすっぽりと囲まれる。
この記事を書こうとしていた6月20日早朝父は旅立ちました。
大荒れの昨日の天気とは全く違って、私は、なんかこうスコーンと突き抜けた青空の下にいるような清々しい気持ちでいます。
横浜から帰って来るのを待っていたかのように、6日、父は肺炎で入院しました。医師には、いつそういう事態になってもおかしくないと宣言されました。
不安に耐えかねて夫に来てもらい、子供たちも呼んで父に合わせ、父の実家の人たちにも連絡し、やることはやったと実感してからは私も落ち着きました。
「じいちゃんは大丈夫だよ」と、1回夫が横浜に帰った17日の金曜日から、私は病院に泊まり込みました。
その日、医師から週末には危ないと言われたこともあり、私も夫の診立てとは違って、どうも・・・という感がしたのです。
金、土、日と3日間、食事時の2~3時間家に帰る他は父と病室で過ごしました。
月曜、早朝。
今日も晴れてるねえ、と病室から朝日を望み、「血圧も酸素も大丈夫だから帰ってくるよ、待っててや」と父に言って、5時過ぎに家に戻りました。
仏さん周りのことをし、ざっと掃除をし、パソコンを立ち上げコメントを書き、「この木、なんの木・・・」の記事を書こうとして、いやいや何があるか分からん先に食べとこ、とパンをかじったところで、
「お父さん、呼吸をしていないからすぐ来て、心臓は動いているからね」との電話。
外出しようとすると、あれほど私を引き止めたり、待ちかねていろいろやってくれたりした父が、「お前には俺が息を引き取るところは見せたくない」とばかりにひとりで静かにあちらに逝ったのです。心臓はかすかに動いていました。
それからの通夜葬儀等の3日間、あっというまのことでしたが終わりました。
父の写真を見てもいろいろ思い出しても涙は出ません、泣きたくもなりません、今のところは。
少しずつ、あれやこれやを書いて残していこうと思っています。
このブログでもいろいろ励ましのお言葉を頂きました、ありがとうございました。