年末の忙しい時に本の感想を述べるのもなんですが。
もうずっと以前に読んで忘れているけれど忘れ去る前にと。
あまりの居丈高ぶりにできうることなら、私も来年あたりはこの手でいきたいものだと、ね。
『下手(したて)に居丈高』 西村賢太さん
図書館に行くと必ず中野翠さんの新刊本は入っていないかとみる、が、ない。
でひょっと目を横にずらしたらナ行のこの方のタイトルが飛び込んできたわけです。
ちょっとないですよね 「下手に居丈高」 なんともはや強烈で。
ご自身、
自作のタイトルには妙にこだわる癖がある。
内容よりも題名に腐心する本末転倒ぶりにも陥っているが、どうもこの習慣はやまぬし、またやめるつもりもない。
と述べており、あとがきにも、
いかにも、卑屈で無様な私そのものを云いあらわして妙だ、と、このタイトルについてのみ、些かの自信を持っている。
と書いている念の入れよう。
本紹介での内容。
芥川賞、クリスマス、喫煙愛好者の会、編輯者、テレビ番組、私の偽者、同業者…憚りながら申し上げるに―ニコチン、アルコール、
小説まみれの日常から垣間見る、俗世の深層。世の不徳義を斬り、返す刀でみずからの恥部をえぐる、静かで激しい無頼の流儀。
とあるけれど、このエッセイを読んでいると、ま、癖になる。
みょうちきりんな味の濃いものを食べてそれがだんだん馴染んでくるような。
今までに読んだことのない傾向の作家だ。
部分抜き書き(メモってあるの)
著者略歴
自分の最終学歴の記述が抜けていると、必ず”中卒”の二文字を書き加えることにしている。
一面、或る種の露悪趣味には違いないだろう。(そう、なぜわざわざ入れるんだろうね)
たまさか読者の方から手紙を頂くことがある。こう見えて根は随分ち律儀にできているだけに 返信を差し上げる。
意識的に返信を書かぬケースは拙著を”図書館で借りて読んだ”なぞ、臆面もなく述べられる方。
(すみません、その通りでして)
結句(この語句、よく使っている)
あんがいに私は自分のことが大好きかもしれぬ。(いたるところでその感じが見えます)
こう見えて、小説だけでは食えぬ時分から書斎だけは充実していたものである。(食事より古本収集)
中野翠さんが西村さんのことを書いているエッセイ。
意外なところがある人なんだな
書斎のグラビアをみると小ざっぱりとよく片付いた部屋に住んでいるのだった
と。そう、お写真で見る外見やエッセイの内容から伺える様子とはかなり違うわけよ。
そうそう、芥川賞受賞作 『苦役列車』 の映画についても、
他人事のつもりがやはりいつか原作との勝負目線で眺めていた
面白さにおいて脱帽せざるを得ない箇所が少なくはなかったのである
なんて褒めているようだが、なんの、他の著書で読むとめった切り。
癖になってもう1冊のエッセイを読んだけれど大事な題名すら失念している有り様。
あらためてこう書いていると「居丈高」と言っているけれど、
もしかしたら案外に「下手」の方が優先している方かもしれないと思えるようにもなって来たわ。
居丈高、なんて・・・私も考えよう。