女が映し出す男の無様、そして、真価――。
太平の世に行き場を失い、人生に惑う武家の男たち。
身ひとつで生きる女ならば、答えを知っていようか――。
時代小説の新旗手が贈る傑作武家小説集。
表紙の女の流し目の怪しいこと色っぽいこと。
書店で平積みになっていたら、この表紙見ただけでだけで思わず手に取ってしまうだろな。
こなれた文章で何の抵抗もなく作品の世界に引き込まれ、一気呵成に読み終える。
ようやく出会えた時代小説という感じでとてもよかった。
私は時代小説は市井ものが好きなので武士の世界の小説は数えるほどしか手に取ってこなかった。
青山文平さん、お名前しかと記憶しました。描く世界が好きです。
何とも含みがあって読み終えた後、そうきたかと6編とも楽しむことができました。
『ひともうらやむ』
たいそうな屋敷の長倉本家の総領。城下の娘たちを惹きつけてやまない端正な顔立ち。
誇るべきものがあり余っているにもかかわらず、いつもふんわりしている。
とにかく、美しい。もう、どうにも美しい。ただ美しいのではなく、男という生き物の
いちばん柔らかい部分をえぐりだして、ざらりと触ってくるほどに美しい。
そんな男と女が祝言をあげたら・・・
そりゃあ何かが起こると予感させるというもの。はたして。
いやもうドキドキして読んでいったわ。
「つゆかせぎ」 「乳付」 「ひと夏」 「逢対」 したたかでしぶとくて本能的で一筋縄ではいかない女たち。
どれもこれも感想を書きたいけれど長くなるのよ、これ以上。
で、書名の『つまをめとらば』 ざっと抜き書き。
幼馴染が屋敷の庭にある家作を貸してほしいと言う。
56歳になるがこの齢になって所帯を持とうと思っているのだと言う。
ばったり出会ってから幼馴染は5日目で越してきたが越してきたのはひとり。
所帯を持つつもりの女の姿はなかった。半月経ってもひと月経っても女の姿はない。
二人暮らしが始まって手に入れたものは「平穏」 いちばん欲していたものだった。
平かであり、穏やかであるということだ。
私もいちばん欲しているわ。これからずっとそうありたいと思っているわ。
三人の妻といるときは、平穏とは無縁だった。常に、彼女たちなりの正しさに、付き合わなけらばならなかった。
なにしろ、彼女たちは、まちがっていないのである。
そうね、と我が身を省みるもする。が逆も言えるのじゃないか、なって反論したくもなって。はい。
一人暮らしになったときは、ようやく一人になれたと思い、諸々の煩わしさから解き放たれたことを喜んだが、
それは束の間で、すぐに孤独が目の前に居座った。静謐ではあったが、平穏ではなかった。
青山さん、ほんとよく分かってらっしゃる。そうよ、ひとりは静謐ではあるけれど平穏ではないかも。
母屋と家作の距離で、爺二人で暮らしてみて初めて、ほんとうの平穏を知った。
幼馴染もそう思っていたが。
「爺二人の暮らしが、居心地よくてな。なかなか、女と暮らそうという気になれんのだ」だなんて。
なんだか現代結婚事情の様相を帯びてきて。
ふつうの女など、いない。
ごくごくふつうの女に見えて、周りの風景に溶け込んでいた。
それが、大きな借金を残し、輿入れ三日で家から消え、不義を働いた。
しかし、昔訳あった女に会ってあまりの変わりように踏ん切りがつくのよ。
やはり、女に死に水を取ってもらう、って。
爺二人で暮らしていると未練が残るって。爺二人でずっと暮らしていこうと思った未練だって。
ともかく6編ともとても面白かった。
あまりに手練れで口当たりがいいものだから、こんどはもっと噛み応えのある長編を読んでみたくなったわ。
青山さんはこの短編集で直木賞を取っている。
ちなみに2015年下期の直木賞候補作は力作勢揃い、だと思う。
青山文平 『つまをめとらば』
梶よう子 『ヨイ豊』
深緑野分 『戦場のコックたち』
宮下奈都 『羊と鋼の森』
柚月裕子 『孤狼の血』
『戦場のコックたち』以外は読んでいるけれど、もし私が審査員だったら
宮下奈都 さん『羊と鋼の森』 と 『つまをめとらば』どっちを押すか迷いに迷うだろうな。