2019年上半期の直木賞候補作品はすべて女性作家というできごとに拍手喝采。
原田マハさんも候補者のひとり、4回目。
2012年『楽園のカンヴァス』2013年『ジヴェルニーの食卓』2016年『暗幕のゲルニカ』
そして今回2019年『美しき愚かものたちのタブロー』
まさか「今年度は受賞作なし」なんてことにならないでしょうね。今度こそ受賞してほしいの。
『ジヴェルニーの食卓』
短編小説だから受賞は無理だったかもしれない、なんて偉そうだけれど。
でも、私は読みやすくて面白く読んだ。モネ、マティス、ドガ、セザンヌ。アートストーリー四編。
どなたかが”読む美術館”と書いていらしたけれど言い得て妙。本当にぴったりの表現よ、読む美術館。
物語は、4人の語り手による4人の画家にまつわる絵と人生のエピソードが、周辺にいた彼女たちの視点で語られる。
「うつくしい墓」 アンリ・マティス 家政婦 インタビューに答えて
「エトワール」 ドガ 友人である画家のメアリー・カサット ドガのモデルになった少女について
「タンギー爺さん」ポール・セザンヌ 画商画材屋娘の手紙 セザンヌへの手紙
「ジヴェルニーの食卓」 モネ モネの再婚相手の娘 モネの客をもてなす食卓について
内容紹介文から
マティスとピカソ、ライバルでありかけがえのない友人であった二人の天才画家の交流を描いた(うつくしい墓)
「この世に生を受けたすべてのものが放つ喜びを愛する人間。それが、アンリ・マティスという芸術家なのです」
新しい美を求め、周囲の無理解に立ち向かったドガの格闘の日々を刻んだ(エトワール)
「これを、次の印象派展に?」ドガは黙ってうなずいた。「闘いなんだよ。私の。――そして、あの子の」
セザンヌやゴッホら若い画家の才能を信じ、支え続けた画商の人生を巡る(タンギー爺さん)」
「ポール・セザンヌは誰にも似ていない。ほんとうに特別なんです。いつか必ず、世間が彼に追いつく日がくる」
不朽の名作「睡蓮」誕生に秘められた、モネとその家族や友人たちの苦悩と歓喜の日々が明かされる(ジヴェルニーの食卓)
「太陽が、この世界を照らし続ける限り。モネという画家は、描き続けるはずだ。呼吸し、命に満ちあふれる風景を」
原田さんの本領発揮で、フィクションでありながら確かな史実も織り交ぜてあり、どの作品も素晴らしい。
なかでも、画家ではないが「タンギー爺さん」がいちばん心に響きよかった。
無償で画家を支え続けるタンギー爺さんのあたたかい心根が、読後もずっと続いて気持ちがいい。
もっとも娘にしてみれば、絵の具代もキャンバス代も払わないセザンヌは非難すべき相手で、
催促の手紙は「親愛なるムッシュセザンヌ」からはじまり「タンギー親父の娘より」で毎回毎回締めくくられる。
自分たちの生活を脅かすから絵の具代を払ってください、いついつまでにカンヴァス代を送ってください、と
代金の請求文が手を変え品を変え書かれているから、切実とはいえ読む方はくすっと笑いたくなる。
動じないセザンヌ、ここにあり、ね。
ちなみにネットによればタンギー爺さんとは
ジュリアン・フランシス・タンギー(1825-1894)はパリで画材店を営んでおり、
ゴッホ初期の作品を扱った美術商でもあった。彼の陽気さと美術への情熱により、その店はパリで最も人気が高く、
画家達に「お父さん」と呼ばれて慕われていた。
若い画家たちに食料や金銭を援助し、絵具代として絵画を受け取っていたので、
モンマルトルにある彼の店は印象派の絵画で埋め尽くされ、さながら美術館のようであったという。
ゴッホは彼の希求する晴朗さを絵画的に表現するために、朗らかで思慮深いタンギーを描いたものと思われる。
(ゴッホはタンギー爺さんの肖像を3作品描いている)はたして、どちらがより深くご本人を表しているのやら。
2作品め 3作品め
尚、この絵の背景にある浮世絵はタンギーの店の商品で、
ゴッホは浮世絵の主題や平坦で陰影のない色彩に求めていた晴朗さを見出していた。
(画像はすべてwebからお借りしました)
『ジヴェルニーの食卓』
絵画の、特に印象派のとっかかりとして読んでも、別に絵画に興味がなくても新時代を切り拓いた人の物語は、
興味深く読むことができるのではないかと思う。
ちょうど今、国立西洋美術館では「松方コレクション展」が開催されている。
その西洋美術館とその礎となった「松方コレクション」の運命と奇跡を描いたという原田さんの候補作品
『美しき愚かものたちのタブロー』、機会を見つけて読んでみよう。