中日新聞の日曜版「おじさん図鑑」に「欲にまみれて」というタイトルで飛島圭介さんがエッセイを書かれていました。
おじさんが小学生低学年の無垢だった(かもしれない)ころ、母親と姉と連れだって買い物に出かけた。
歳末大売り出しで、商店街の福引券を数枚手にした。
「大当たり」はお酒やみそなど生活の消耗品が並んでいた。
終戦後十数年だったから、そんな景品がありがたかったのだろう。
まず母親がカラガラと抽選器を回して当てた物はチリ紙だった。
次に姉が当てたのもチリ紙だ。
真打ち登場で、少年のおじさんが回すと、大当たりが出て鐘が鳴らされた。
当てたのは「しょうゆ」。
それも瓶入りではなく、大ぶりの樽入りだった。
母親の喜ぶまいことか。
子どもゆえに欲心から自由なのが幸いした、と父母に褒められ、得意の鼻をうごめかした。
思えば、あの時が「クジ運」の絶頂だったかもしれない。
以来幾星霜、馬齢を重ねてきたが、「クジ」の大当たりとは無縁のまま今日まできた。
年末の福引はもちろん、各種の抽選でも大当たりは一度もない。
好きな大相撲のチケットの抽選も連敗続きだ。
それでも、年末ジャンボ宝くじ十枚は欠かさず購入している。
ま、当たるわけはないが、万が一ということもあるしね。ないか。
以上です。
>子どもゆえに欲心から自由なのが幸いした、と父母に褒められ
欲心がないと当たるんだ。
私は商店街の福引で当たったことがないです。😅
欲があるんですね。
>それでも、年末ジャンボ宝くじ十枚は欠かさず購入している。
私もいつもは十枚ですが、今年は二十枚買いました。
一度でいいから一等を。😁
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