団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

義父の暴力にたまりかねたアメリカの女の子は、学校で教わった通り、「911」をプッシュ。

2013-10-25 06:27:11 | 日記
先日の夕刊に「往復書簡」というタイトルで小説家の小手鞠(こてまり)るいさんとノンフィクション作家の梯(かけはし)久美子さんが手紙をやりとりする形でつづるリレーエッセーが載っていました。
今週は小手鞠(こてまり)るいさんの番でした。

『「妻を殴る人」というTシャツ』というタイトルでした。

 アメリカの俗語のひとつに「ワイフビーター」という言葉があります。妻を殴る人。実はこれ、ある種のTシャツの別称でもあるのです。Tシャツの袖の部分を肩のところで引きちぎって、ノースリーブにして着ている人。
妻に暴力をふるう夫たちのなかに、こういうTシャツを着ている人が多いことから、発祥した造語のようです。

 五、六年ほど前まで、ワイフビーターに悩まされている日本人女性から、ひんぱんに相談を受けていたことがあります。夫婦はどちらも在米歴の長い日本人で、どちらにも離婚歴があり、彼女の方には娘がひとり。
夫はこの娘を目の敵にしていて、前夫の娘憎しの思いが余って、妻を殴る蹴る・・・・となるわけです。
 まさに臆病で卑劣な男。しかしながら、表面的には男らしい男に見えないこともない。
彼女は、こんな男とは一刻も早く「別れなくてはならない」と、頭では理解できているのですが、どうしても別れられない。
 結局、解決の突破口をつくったのは、中学生の娘さんでした。
日本人の顔をしていても、彼女は生まれも育ちもアメリカ。義父の暴力にたまりかねたアメリカの女の子は、学校で教わった通り、「911」をプッシュ。ただちにパトカーがやってきて、母親からワイフビーターを引きはがしてくれたという次第です。
 このように、アメリカでは警察が家庭内暴力や幼児虐待などにもすぐさま介入してきますが、日本では、どうなのでしょうか?

という書簡でした。
 考えさせられますよね!
日本の警察は家庭内の問題ということで、積極的に介入しない。
明治以来 夫の暴力を大目に見ている世間の風潮もありました。
「巨人の星」のマンガではないですが、父親がちゃぶ台をひっくり返して暴れても仕方がないと許された風潮が残っていますね!
 最近でも幼児虐待を疑われていったんは児童相談所に幼児が預けられたにもかかわらず、もう大丈夫だとの児童相談所の判断で家に返したとたんに父親の虐待で亡くなったお子様もいらっしゃいました。
 暴力夫が治るなんてありえないと思います。家族でらちがあかない場合、警察の協力も必要では。
いろいろ問題はありますが、アメリカのように割り切って警察が積極的に介入すれば、虐待で亡くなった幼児の事件も少しは防げたような気がします。




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弱者の女性の為に働くのが、女性議員の使命では。

2013-10-22 16:24:59 | 日記
今朝の朝刊に「寡婦控除」の件が書かれていました。
毎年12月に年末調整報告書を会社に提出しなくてはいけなかったのですが、若い頃は寡婦区分が何を指しているのか分かりませんでした。
戦争未亡人のことを指しているんかなと思ったりしましたが、間違いではなかったようです。
「寡婦控除」は夫を戦争で失い、子を抱えて困窮する女性を支えるためにできた制度とのことです。

社説にはひとりで子どもを育てる親の税を軽減する「寡婦控除」を、結婚歴のある人だけでなく非婚のひとり親にも認めるよう税制を改めるべきだ。結婚歴のあるなしで差をつけるのは公平でない。

「結婚をしていないことで税の負担が重くなるのは納得できません。一人で子どもを育てる大変さは同じではないでしょうか?」
 シングルマザーとして一人息子を育ててきた東京都八王子市の派遣社員女性(64)は訴える。結婚を望んでいたが相手の男性は妊娠を知ると離れていった。年収は百六十万~三百万円で、失業した時もあった。離婚したシングルマザーのように寡婦控除を受けられていたら、所得税や公営住宅の家賃などで少なくとも年間十万円近くを負担せずにすんだという。
 「寡婦控除」は夫を戦争で失い、子を抱えて困窮する女性を支えるためにできた。低所得の場合は税のほか、所得に応じて決まる公営住宅費や保育料などの減免基準にもなる。法改正を重ねて適用が広がり、子がなくても夫と死別した女性らにも認められるようになったが、唯一、法律上の結婚をしていない非婚の親だけが含まれずに残った。
 これでは結婚したかどうかで社会がその人を支えるかどうかを選別することになる。税負担は支払い能力に応じて公平であるのが原則。実態はひとり親の税を軽減する制度になっていながら、非婚のひとり親だけを除くのは差別だ。
非婚のひとり親家庭は母子世帯の中でも所得水準が低い傾向にある。控除を受けられないために子育ても追い詰められがちになる。
 2009年、東京都新宿区、八王子市、那覇市の非婚の母三人が日弁連に人権救済を申し立て、日弁連は今年一月、寡婦控除が適用されないのは不合理で法の下の平等を定めた憲法に反すると、三市区の首長に改善を求める要望書を出した。
 こうした地道な訴えが契機になり、今は三市区のほか、千葉市や埼玉県朝霞市などで、非婚のひとり親にも寡婦控除があったと「みなして」保育料や市営住宅の家賃などを減免している。国の制度を動かす先取りでもあるが、多くの自治体は非婚者の親の窮状を理解しつつも踏み込めず、国の方針が出るのを待っている。
 子育てにかかわる問題は放置できない。一刻も早く非婚の親も含め、すべてのひとり親が寡婦控除の対象となるようにすべきだ。


今だにこんな差別が行われている日本って、ほんとうに子育てに理解のある国なんでしょうか?
ご存じのようにフランスでは新生児の五六%は未婚のカップルから生まれています。というのは、給付金を受けるための条件として、正式な結婚や戸籍への登録が法律で義務付けられていないからです。
子どもへの手当も厚いそうです。それが功をそうして以前は1.6まで落ちた出生率が今は2.0まで上昇したそうです。
日本の弱者への対応の冷たさでは、出生率の回復なんて望めないように思います。
それにしても、国会議員や知事、市長などの首長も女性がけっこういるように思いますが、弱者の女性に対して温かくないですね。
日本のような男社会で、少しでも弱い女性を助けて差し上げるのが女性政治家の使命だと思うのですが。




中森明菜の「思秋期」は、岩崎宏美とは別の世界があるようです。
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ただ何もしないで放っておくなんていうこともできない。

2013-10-21 10:35:15 | 日記
昨晩は宿直明けで9時間も寝ました。
夜中に二度も起こされて寝付かれなかったのが影響したようです。(苦笑)

10月18日の夕刊に内科医 中村仁一さん(73)という老人ホーム付属診療所長さんの記事が載っていました。
この方をご存知の方は多いと思いますが、中村さんは「死ぬのはがんがいい」と宣言されているお方です。

人間は必ず死にます。いわば未決の死刑囚。だけど執行日は分からない。しかし、がんというのは執行日が近未来に決まる。人生の整理ができます。私たちはいろいろな人との関係で生きてきた。そういう人にお別れとお礼が言える。


がんで死ぬのが嫌がられているのは、痛みでのたうち回って死ぬと信じられているからでしょうね。でもがんは放置して何もしないと、かえって痛まないことがほとんど。
これは私が勤務する老人ホームで長年見ていて分かったこと。
徹底的に延命治療すると、結果的に非人間的な状態で亡くなります。
昔はがんに限らず、皆穏やかに自宅で死んでいったんです。
 死後どうなるかについては、私は考えない。お釈迦さんは弟子に「考えるな。分からないんだから考えても仕方ないだろう」と言ったみたいですよ。あの世はあるかもしれないし、ないかもしれない。それよりも、死ぬまでちゃんと生きることが大切でしょう。

今、日本人は死ぬことをほとんど忘れている。百歳近い親に対しても「そろそろですよ」と言うと、七十歳前後の子が延命治療に走ることもある。普段から死はまだまだ先だと思っている。周囲から死を遠ざけている。
 人間は繁殖期を終えたら、親なり周囲の人間が死ぬことを念頭に置いて関わることが大切じゃないか。
例えば親が余命六ヶ月と言われたら、何をしてあげたいか書き出してあげる。母の日にはカーネーションなんてあげていないで、そういうことを考えた方がいい。父の日には父の、結婚記念日には配偶者の、そして誕生日には自分の死を考える。そうすれば年に一回は考えることができる。

お釈迦さんは生老病死を四苦と言った。苦は思い通りにならない。という意味。それを思い通りにしようとするから苦しい。
死に方にいい悪いはなく、巡り合わせがある。私は普段から救急車を呼ばないと言っているけど、講演先でひっくり返ったら、そら、呼ばれますよ。集中治療室に入れられて延命処置される。阻止できない。でもそんなことはどうでもいいんであって、それまでどう生きるかを考えようと。ただ、がんはほかの病気に比べて、死ぬときに自分の思いが達成しやすいだろうから、がんで死にたいと言っている。
 家族の希望で、体が受け付けないのに胃に穴を開けたとして栄養を無理に入れることもある。本人にすればつらかろうと思う。後悔したくないというが、それは家族のエゴだと思う。自己満足のために親を犠牲にしていいのかと。でも家族はいいことをしていると信じて聞く耳を持たない。親の死が考えられない。そうならないためにも、普段から死ぬことを考えることが大切です。
私のあごの下にこぶがあるでしょ。腫瘍なんです。少しずつ発達している。おかげで、しゃべっているとつばの出が悪くなる。検査はしていない。手術する気がないのに検査してもしょうがない。良性と悪性が混ざっている混合腫瘍なんでしょうね。悪性としてもどれくらい生きられるかは分からない。ただ、何も治療しない方が、するよりも長生きできると思っています。
抗がん剤を打ったりすると、毒(副作用)で生きる時間が短くなる。抗がん剤でがんを小さくすることはできても撲滅は難しい。
 私はほとんどのがんは治療しなければ痛まないと思っている。もしがんが痛むのなら末期になるまでなぜ見つからないのだと。初期に痛みでがんが見つかる例は多くないでしょ。

 父親は二十歳のとき、眼科病院で目薬と劇薬、塩酸か硫酸か分かりませんが、間違えて両目に入れられた。一瞬でじゅっ、といって失明した。その後何度も自殺を図ったみたいです。そして鍼灸院を開業した。
私が高校二年の時に心筋梗塞で亡くなったが、死ぬ半年前から発作があってね。食道がねじれたかと思うくらい痛いらしい。翌朝はまた仕事。でも弱音、ぐちを言わなかった。発作が起きるともうだめだ、という絶望感を味わうらしい。そういう発作を週に何回もした。でも外には言わない。失明と自殺を何度も図った経験から、これは誰にも代わってもらうことはできないと知っていただろうね。その死にざまは」おやじからの無言の遺書として受け取っている。
 私も四十歳を過ぎて不整脈になって発作があった。よりどころを宗教に求めた。医療は頼りになるとは思わなかった。医療から生き方は出てこない。
で、聖書を読んだけど私には合なかった。だから仏教の本を読み出した。生老病死は四苦、といわれても「楽しいこともあるぞ」と思い、ピンとこなかった。だけど「苦」は苦しいのではなく、思い通りにならないことだと知って、よく理解できた。
 老いには寄り添う、病には連れ添う。健康には振り回されない。死ぬ時期が来たら、まだ早いかと言って悪あがきせずに、はい、はいと素直に従う。医療を使って楽になるのなら、回復の見込みがあるのなら使ったらいい。しかし限界がある。年を取ったものを若返らすことはできない。年寄りは具合が悪くて当たり前なんです。

悩みますね!
たしかに中村先生の仰っていることは納得できます。
私も抗がん剤は信用していません。
ただ何もしないで放っておくなんていうこともできない。
悩んでしまいます。(苦笑)



平井堅 「桔梗が丘」実家にて
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以前からお顔を存じ上げている方が、だんだん衰えていかれるのを見るのは辛いものがあります。

2013-10-19 06:07:04 | 日記
朝方 あまりの寒さに夏布団ではとても温まらないので、毛布を取り出し夏布団の上にかけて寝ました。
また暑くなるという予報ですが、もう本格的な秋になっても良いと思うのですが。

今日の夕方は特別養護老人ホームの宿直作業です。
この宿直作業を始めてまる6年経ちました。
入居者さんの顔ぶれも少しづつ変りました。

私が宿直作業を始めた当初からいらっしゃる方も多くいらっしゃいます。
中には私の顔を見るとにっこり微笑んで手を上げてくださる方もいらっしゃいます。

先日 私の顔を見てにっこり微笑んで手を上げてくださったのは90代の元教師をされていたご婦人です。
今はシステムが変わり行いませんが、以前は食堂で朝食を食べられましたので、食事を終えられますとエレベータ前まで車椅子を押して差し上げたことがたびたびありました。
私の顔を見ると「車椅子を押して!」と、よく頼まれました。

今はまだらぼけ状態のようで、私の顔を見て手を上げられることもありますし、知らん顔されている時もあります。
一番驚くのは言葉が出なくなったことです。何か大変な病気をされたかも知れません。

このように以前からお顔を存じ上げている方が、だんだん衰えていかれるのを見るのは辛いものがあります。
これから冬にかかりますが、季節の分かれ目は亡くなる方が多いです。
この仕事も何か無常を感じますね。



今井美樹さんのこの主題歌のドラマを少し視たことがあります。
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家内のやさしさにホロリとしました。(笑)

2013-10-17 06:40:35 | 日記
今朝は涼しいです。
まだ半袖シャツを着ていますが、そろそろ長袖シャツに着替えないと寒いようです。

一昨日のお昼 元の会社の上司の方から、「こちらに来ているので会わないか!」との電話がありました。
夕方から宿直の仕事でしたが、「3時頃までならいいですよ!」と返答しました。
元上司の方は関東にお住まいです。
今年の1月にお会いしたので半年ぶりでした。
1時半に待ち合わせしていたので、食事をしながらお話するのかなと思って、昼は食べないで出かけました。
ところが元上司の方は食事を済まされていたようで、「コーヒーでも飲もうか!」と、言われました。
駅の中のハンバーガ屋さんに入ったのですが私はやはりお腹が減っていたので、ハンバーガーとコーヒーを頼みました。
上司も同じものを頼まれました。(笑)
食事まだだったかも知れませんね!

元上司と言っても今は言いたいことをかなり言います。(笑)
結構お説教もされますが。(笑)
入社当時の最初の上司だったので、社会人のイロハから教えて頂きました。

今でも食事をしても、私はお金を払ったことがありません。
当然元上司も働いている訳ではないので、つらいですよね!
こちらが払うと言っても払わして頂けないので遠慮なくごちそうになっています。(笑)
1時間ぐらいいろいろよもやま話をして別れました。

家に帰って、やはりハンバーガーだけではお腹がもの足りないのでパンでも食べようとしましたら、
家内に「ハンバーガーを食べれば十分でしょ!」と言われてしまいました。(苦笑)
それでも少し経ったところで「リンゴでも食べる?」と聞かれましたので、
「梨の方がいい!」と言ったところ、梨を剥いて出してくれました。
家内も食べていましたので自分も食べたかったかも知れませんが、ありがたかったです。(笑)


九ちゃんの歌、懐かしいです。

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