わ! かった陶芸 (明窓窯)

 作陶や技術的方法、疑問、質問など陶芸全般 
 特に電動轆轤技法、各種装飾方法、釉薬などについてお話します。

現代陶芸166(熊野 九郎右ヱ門1)

2012-08-15 22:05:29 | 現代陶芸と工芸家達

越前焼は北陸地方の最大の窯場です。良質の粘土が豊富に産出する事から、平安末期から陶器が

作られ、戦後陶芸家で文部技官であった小山富士夫氏によって、六古窯の一つに数えられます。

一時衰退しますが、1970年(昭和45年)に陶芸村が建設される頃から、復興を遂げる様になります。

1) 熊野九郎右ヱ門(くまの くろうえもん): 1955年(昭和30年) ~

  ① 経歴

    1955年 福井県鯖江市に生まれます。(尚、九郎右ヱ門は屋号との事です。)

    1976年 名古屋造形芸術短大の日本画科を卒業します。

     同年 越前焼の窯元の藤田重良右ヱ門氏に師事し、陶芸の修行を積みます。

    1982年 飛騨の戸田宗四郎氏に師事します。

    1983年 再び藤田重良右ヱ門氏に師事します。

    1984年 石川県山中町の依頼で、古九谷の瓷器(しき、じき)土を発見します。

     注: 瓷器とは、土器より堅い焼き物で、釉が掛けられ磁器成立以前の原始的な焼物です。

    1985年 窯焚き指導のため、旧ソ連のリガに招待されます。

    1986年 陶土開発のため、サハリンに招待されます。

    1987年 福井県朝日市に、偶然見つけた古墳時代後期の窖窯跡地に、半地下式の割竹式

     窖窯(陶房・旅枕碗寮)を築き、作陶に専念します。 

    2000年 ドイツの外務省より招待されれ、講演を行っています。

    2004年 ドイツ・ブェステルバルドにて「全ヨーロッパ144人とジャパンKumano展」を開催。

    2006年 ドイツ国立コブレンツ大学にて、超高温焼成実技指導や、講演、展示会を行います。

   ・ 個展: 黒田陶苑(東京渋谷)、阪急(大阪梅田)、伊勢丹(東京新宿)、侘助(静岡藤枝)

     など全国各地で、多数の個展を開催しています。

 ② 様々な粘土を探し出し、焼成しています。

   「越前には、唐津に負けない程の多くの種類の土が存在する。」と言われています。

   又、土探しの為なら、北海道の津別(磁土=陶石を発見)やロシア(リガ)、サハリンまでも出掛け

   ています。

  ・ 越前土: 鉄分を3%程度含む、肌色に近い黄色の土です。

  ・ 炭マン(マンガン)土: 銅と鉄分とマンガンを含んだ茶色の土です。

  ・ 珪石粘土、珪酸アルミニウム白粘土:木節粘土を40%程度混ぜて使います。

    熊野氏の作品には、この土が一番多く使われている様です。

 ③ 1520℃(SK-19)での焼成

     ) 六日間にも及ぶ、窖窯での焼成では、最高温度が1520℃にもなる言われています。

     一般には1300℃以下ですので、かなりの高温になります。

     彼はを熔けて破れる寸前の、「ドロドロ」とした美を追求している様です。

     但し、作品全体をこの温度で焼成している訳では無い様です。

     即ち、熊野氏の窖窯では、温度差が大きく、最高温度が出る「火前」と最奥部では最大で

     250℃程度の差が発生するそうです。(熱伝対温度計で測定)

     その為、1520℃での焼成でも、作品は1270℃以上で焼れる事になります。

     窯焚きは年に2~3回程度で、失敗も多く、2割の作品が取れれば良い方との事です。

   ) 温度を上昇させる為、薪(まき)には楢(なら)の木を使っています。

      一般には赤松を使いますが、松は伐採すると「ヤニ」が次第に少なくなるそうで、薪として

      使う頃には松脂(まつやに)もかなり減少し、高温焼成には不向きと成る様です。

      楢の薪は、「ヤニ」成分も残り高温焼成には打ってつけとの事です。

      更に、楢の灰が熔けて志釉と混じり合い、自然釉となって胎土に熔け込みます。

      ) 1500℃以上の高温に耐える土の詳細は不明ですが、その様な土がある事すら不思議な

      感じがします。一般にはドロドロに熔けてしまうはずです。但し、1500℃に耐える窯がある

      以上その窯の材料と同じ素材を使って作品を作れば、高熱に耐える事にはなります。

    ) 窯を高温にするには、特別な方法や工夫があるはずです。

以下次回に続きます。

コメント
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