gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

秘書・藤江淳子が語る『うちの先生』その3

2018-05-23 05:22:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

『先生と暮らした方々』
「うちの先生は、驚ろくほど自然体の人でした。色んな男性と暮らしたけれど、実際は、誰の影響も受けなかったんじゃないかと思います。(中略)それほど個性の強い、不思議な方です。
 そんな男性方とは、先生の場合一緒に暮らしている時よりも別々になってからの方が、かえって素晴らしい関係になるようです。北原先生とは、お互いに電話で小説を批評し合ったりして、私がそんなおふたりが素敵だなと思って見ていました。『君が今度書いた小説はここがこうで、これがいい』とか、言い合ったりして。
 東郷先生もよく外国からお葉書をくださったり、珍しいものを送ってくださいました。お葉書には「パリの凱旋門の前で待ち合わせて会いたいね」と書いてある。それを私が見てうらやまがっていたら、先生は『私がひとりでいると思ってこんな葉書をくれるのね』と言って笑っていました。
 いずれをとっても素敵な関係で、先生にとっておふたりは、同志のようなものだったのかもしれませんね。
 今でも、先生は誰が一番好きだったんでしょうと聞かれたことがありますが、私は、尾崎先生だったんじゃないかと思います。(中略)
 それと、うちの先生、言葉を色紙に書いたりするのが好きでしょう。あれは、尾崎先生の影響を受けてるんじゃないかと思います。たとえば『故郷(ふるさと)すなわち私である』という言葉、あれはうちの先生じゃなくて、尾崎先生の言葉なんですよ。だから、なんかそんな気がするんです。」

『ドストエフスキーと私の先生』
 文学のことは何もわからない私ですが、ドストエフスキーという文豪の名前と作品についは、なんだかとても身近なような気がしています。
 それと言うのも、先生がその人の作品の大変な愛読者で、ちょっと大げさに言いますと、家のあちらこちらにドストエフスキーの本が置いてあったからなんです。(中略)先生は文庫本を手近な時に手近なところにちょこっと置いておくのを習慣にしていらっしゃいました。
 その習慣は、東京の自宅に限ったことではなく、岩国のご生家でも、那須の家でも同じようにしていましたから、いつも先生のおそばにいる私まで、知らない間に『カラマーゾフの兄弟』とか『罪と罰』とかいう作品の名前を覚えてしまったというわけなのです。
 読書好きだった先生の思い出がもうひとつあります。先生は、岩国に帰郷される時や旅行される時、電車に乗り込んで座席に座ると、すぐに愛用の手提げ袋からそっと文庫本を取り出して、そのまま静かにずっと読みつづけていらっしゃいました。それもまた、ドストエフスキー。たまに他の人の作品で『クレーブの奥方』という時もありましたけど。
 あるとき、先生に『どうしてそんなにドストエフスキーがお好きなんですか?』とお聞きしたことがあります。『それはね、いつか私もこういう作品を書いてみたい、と願っているからなのよ』と先生は教えてくれました。
 時々、真夜中にベッドからむくっと起き上がって、先生は枕元においてあるメモ帳を引き寄せることがありました。隣で休んでいる私が『先生、何かいい言葉が浮かびましたか』と聞くと、『いい言葉を思いついたから、書きとめておくよ』と言いながら、先生はメモをしていらっしゃいました。
 深夜、先生の眠りをそのようにして破ったのは、いつかドストエフスキーのような作品を書きたいという先生の一念だったのだな、と今思ったりしています。」

『仕事が大好き』
「うちの先生にとって仕事をすることは、命の源だとおしゃっるくらいに大切なことでした。九十歳を過ぎて時々『あっちゃん、私もちょっと活きが悪くなってきたわね』と言うようになりました。それでもエネルギーを費やして、それから八年生きたんです。(中略)
 『人間は何でもできると思えば、できる。才能は情熱でカバーできる』というのが、先生の口癖でした。私自身、文学志望でもデザインの学校を出たわけでもないけれど、先生に付いて教えてもらっているうちに、気がついたら着物のデザインなどができるようになっていました。(中略)
 いくつになっても仕事をすることは素晴らしいことで、お金を稼ぐことは嫌らしいことでもなんでもない。衣食住を満たしてくれる大切なことだと考えていました。(中略)
 先生の口癖で、『いくら立派なことを書いても、読んでくれる人がいなけりゃ日記を書いてるのと同じじゃない。大根を売ってるおじちゃんにも、りんごを作ってるおばちゃんにも、読んで欲しいの』というのがありました。
 先生は、誰にでも分かる言葉でかくことを大切にしていたと思います。タイトルも『別れも愉快』とか『新しい仲』、『或る男の断面』、『生きて行く私』……。簡潔で分かりやすいけど、よく考えると深い。
上手いですよね。」

宇野千代さんの人柄がよく分かる文章でした。

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto

P.S 昔、東京都江東区にあった進学塾「早友」の東陽町教室で私と同僚だった伊藤さんと黒山さん、連絡をください。首を長くして福長さんと待っています。また、この2人について何らかの情報を知っている方も、以下のメールで情報をお送りください。(m-goto@ceres.dti.ne.jp)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿