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瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』その2

2022-04-22 01:42:00 | ノンジャンル
 昨日の続きです。

 入学式の日。式は緊張して、「はい」と返事をする声が、少し裏返ってしまった。だけど、先生に言われたとおり、大きな声で返事ができたし、「水戸さん、お返事上手でしたね」と式の終わった後で先生にほめてもらえた。(中略)
 私にはお母さんはいないということはもちろん知っている。(中略)にこにこと立っているお母さんたちを見ていると、うきうきとわくわくが詰まっていた気持ちのどこかが、しぼんでいきそうになった。

(中略)
「じゃあ、優ちゃんのママはどうして来なかったの?」(中略)
「ああ、そうだな。ほら、遠くにいるからさ」(中略)
「優ちゃんが大きくなったら教えてあげるよ」(中略)
「(中略)優ちゃんの中身が大きくなったら、お話しする」(中略)
「そんなことより、ケーキを買って帰らないと」(中略)入学式に並ぶお母さんたちを見て小さくなりかけていたうきうきとわくわくは、生チョコケーキのおかげでまたふくらみだした。(中略)

 その後、二年生になった私は、母親について知ることとなった。(中略)

 その後、私の家族は何度か変わり、父親や母親でいた人とも別れてきた。けれど、亡くなっているのは実の母親だけだ。(中略)

 五月最終週のホームルーム。(中略)後ろの席の林さんに背中をつつかれ、小さなメモを渡された。(中略)中には「一緒に球技大会実行委員をやろう」と書いてあった。(中略)先生は、
「じゃあ、最後に実行委員ね。男女一名ずつで、当日の段取りをしてもらうのが主な仕事。誰かやろうという人いない?」(中略)
「じゃあ、俺やります」
 と浜坂(はまさか)君が手を挙げた。(中略)
「森宮さんと一緒に」
 と浜坂君が付け加えた。(中略)
「そうなんだ。森宮さんはいいの?」
 向井先生に聞かれ、
「はあ……まあ」
 と私は小さく首を縦に振った。(中略)

 六時間目が終わると、教室中浜坂君と私がどうなってるのかという話でもちきりだった。(中略)
「本当はさ、球技大会でいいところ見せて、そのあと告白しようっていうプランだったんだけどさ」(と浜坂君は言った。)
「まあな。だけど、森宮、昼休みに一組の関本に告白されただろ」
「ああ、まあ」
「で、急がないとと思って、こういう感じになったってわけ」
「はあ……」(中略)浜坂君のわけのわからない段取りに乗せられてしまったなんて、不愉快だ。
「あ、でも、実行委員にはなったけど、付き合うってことではないよね?」(中略)
「今はな。でも、一緒に実行委員やってれば、なんかいい感じになるだろう?」
 浜坂君はそう言って、笑顔を見せた。(中略)
「みんなの前で、二人で立候補したみたいなもんだから、俺たちもう公認だし」
「コウニン?」
「そ。実行委員やってるうちは、森宮に告白してくるやつはいないってこと」
 なんだそれ。(中略)
 不思議なことに、小学校高学年のころから、私は告白されることが多かった。際立って目立つこわけでもなく、勉強もスポーツもごく普通の私がもてるのは、二番目の母親である梨花さんの影響だ。

「女の子なんだから、好かれなくちゃだめよ。(中略)」(中略)そんな梨花さんが、最初に現れたのは、私が小学校二年生の夏休みだ。

 七月最後の日曜日。近くのショッピングモールに買い物に出かける途中、お父さんは知らないマンションの前で車を停めた。(中略)
「今日はお父さんのお友達のお姉ちゃんも一緒に行こうと思って……。いいかな?」(中略)
 お父さんが言うのに、「いいよ」と答えていると、マンションの中から女の人が出てくるのが見えた。(中略)すらりとした大人の女の人だ。
「梨花です。優子ちゃんこんにちは」(中略)梨花さんはあこがれていたものすべてが詰まっていた。(中略)

(中略)
 梨花さんが現われただけで、誕生日でもないのにかわいいものをいっぱい買ってもらえるなんて。うれしくなるよりびっくりしてしまう。(中略)

 その後、何回かお父さんと梨花さんと三人で買い物に行ったり、遊園地に行ったりした。(中略)
 そして、三年生になる前の春休み、お父さんが、
「梨花さんが、優ちゃんのお母さんになるけどいい?」
 と私に聞いた。(中略)私は「うんうん。もちろん」とすぐに返事した。(中略)
 三年生が始まると同時に、梨花さんが私たちの家にやってきて、三人での生活がスタートした。(中略)
 友達に、
「優ちゃんのお母さん、若くてきれいでいいな」(中略)
 と言われ、私は梨花さんが自慢でしかたがなかった。
 でも、梨花さんはいつまでたっても梨花さんで、お母さんという感じではなかった。

(また明日へ続きます……)

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