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西加奈子『サラバ!』その14

2017-07-10 03:57:00 | ノンジャンル
 昨日の夜の7時から8時55分まで、BS8で「BSフジサンデースペシャル 没後20年の真実 役者・勝新太郎という人生」と題された番組をやっていました。勝新太郎さんの人生を秘蔵フィルムも含めて紹介したもので、勝さんの偉大さを再認識させてもらえる番組になっていました。映画好きな方で、勝さんの映画をまだ見たことのない方は是非見てください。損はしないと思います。

 さて、また昨日の続きです。
 急きょ入った仕事で指定されたのは、小さな事務所だった。ここ数年、芸人の取材は多いが、聞いたことのない事務所だった。ネットで動画を見たが、茶色い全身タイツを着て、顔を茶色と白に塗り(つまりティラミスの色だ)、とにかくティライスを褒めまくるという、意味の分からない芸だった。そこに現われたのは、なんと須玖だった。「とにかくティラミスの良さを言い続けたいねん」「あの色味とか、服にしたいわ」「まずもう、語感がいい!」須玖が、芸人てぃらみすとしてインタビューに答えていることは分かっていた。目の前にいるのは、変わらない須玖だったが、同時に、まったく変わってしまった須玖だった。インタビューが終わった後、須玖に誘われ、喫茶店に入った。僕と別れた後の須玖は一人暮らしを始め、食べるものにも事欠く生活だった。死ぬことばかり考えていた。自分が死に選ばれることを。そんなときに、起こったのがアメリカでの同時多発テロだった。「何が怖かったって、あの出来事が起こった背景を、自分が何も知らんかったことやねん。ものすごい映像の裏で、世界中でどれだけの人が死んでいるのか、俺は何も知らんかった」須玖は自ら死のうと思った。それから須玖は、最後に美しいものを見てから死にたい、と考えた。太宰の『富嶽百景』のことを思い出し、富士山を見ようと思い立った。須玖は住んでいた大阪から、富士山まで歩くことに決めた。いくらか持ってきた金は、途中で尽きた。そしてある日、須玖はとうとう、富士山を見た。
そのとき、須玖にちょっとした魔がさした。数日食べていなかった須玖の空腹は、限界に来ていた。何か食べて死にたいと、思ってしまった。でも須玖には小銭しか残されていなかった。かき集めると、198円あった。それを握りしめ、近くにあったコンビニに入った。ふと見た冷蔵ケースにあった値札が、198円だった。それがティラミスだった。須玖は猛烈に食べ始めた。脳天を直撃するような甘さの後、少し苦いコーヒーの味が上がって来た。こんなに美味しい食べ物を食べたのは、生まれて初めてだった。それでどうしても、もう一個食べたくて、コンビニで直訴し、警察に通報されたのであった。「そのときには、もうとっくに死ぬ気をなくしててん。」
 僕と須玖の友情は、再び復活した。僕らはたくさん話をした。僕達には、新しい日が待っていた。「お姉さんは、元気?」もちろん、僕は姉のことを話した。須玖には、なんだって話せた。姉は2年前に、散骨を終えたようだった。姉は世界中を旅していた。そして3年ほど前から、僕にも件名が地名と天気であるメールを送ってきていた。「サンフランシスコ 雨」では「牧田さんに再会しました」と書いてあった。転入してきた姉に、「素敵な服だね」と声をかけてくれた、あの牧田さんだった。それから件名の「サンフランシスコ」が変わることはなかった。ある日、「今橋、さん?」と声をかけられた。僕に、もうひとつの奇跡が起こったのだ。そこに立ってたのは、なんと、鴻上だった。この近くに住んでいるのだと言う。SNS、そんなものがなくても、僕らはまた、会ってしまったのだ。
 僕の予想通り、鴻上は未婚だった。鴻上のバイトは早朝から昼までだったので、僕と須玖の集いに、鴻上も参加するようになった。須玖と鴻上といると、僕は自分の黄金時代を、やすやすと思い出すことが出来た。ある日姉から届いたメールで、僕は姉がどうやってビザを手に入れたかを知ったのだった。『今度夫と日本に行きます。』信じられなかった。姉が、結婚したのだ! この件でパニックになっているのは僕だけではなかった。母もだった。姉の急な帰国を受けて、僕も実家に帰らなければならなくなった。実家に現われた姉は、驚いたことに、髪を長く伸ばしていた。もっと驚いたことに、姉は女ものの服を着ていた。そう、つまり姉は、すっかり女っぽくなっていたのだ。「歩、久しぶり。」何より、そう言って微笑んだ姉からは、良い生活をしている人間の余裕が滲み出ていた。姉の隣には、信じられないほど白い肌をした、細い男の人が立っていた。その人はアイザックと名乗った。姉は彼のことを、「イサク」と呼んでいた。僕はただ、どうして帰って来たのだろうと、そればかり考えていた。(また明日へ続きます……)

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