おかげさまで生きてます

日々の暮らしのなかで

おちつきには参加します

2009年10月16日 | 日記・エッセイ・コラム
夢は良く見るほうで、その中でも
特に印象に残る夢がある
 
一時期、高いところから落ちる夢や
犬に噛まれる夢も良く見たし
高速道路をバックで疾走する夢は今でも上位に
ランクする
 
そんな多彩なコレクションの中で
心に残るというよりは、魘されて起きる
寝覚めの悪い夢がある
 
“一人ぼっちの夢”
 
思い出すだけでも、首筋に汗が光る
 
何かの暗示なのか、この夢は
小学校時代からよくみていた
突然、自分だけが取り残される
 
それは虐めのような感じではなく
必然的に、ボクが一人だけになってしまう
大きくなってからは、バス旅行のサービスエリアで
トイレ休憩から戻ると、自分の乗っていたバスが
走り去るのを見つめている夢をよく見る
 
実際、数年前
電気屋の社長が乗り遅れて
バスを追いかけてくる光景には
腹筋が千切れるほど爆笑したが
自分がその立場におかれるのは、夢とは言え
気持ちのいいものであるはずがない
 
夢は何かを暗示しているのか?
はたまた、心の奥底を投影しているのか?
誰でも同じだと思うが
僕は、取り残されるのを極端に怖がる性格なのかも
知れない
 
そんな、はぐれることを嫌がる僕に
ショックな出来事が・・・・
 
一ヶ月前から計画し、準備も粛々と進めてきた
馬鹿会プチ旅行に参加出来なくなってしまった
守秘義務がある以上、仕事の詳細は
省くとして、なかなか強烈な出来事である事は
間違いない
 
立ちすくむ事はなかったが
少し、小さくため息をついてしまった
事務的にホテルのキャンセル手続きのため
キーボードを叩く
そしてまた、小さく舌打ちをした
 
僕だけが行けない
これはなかなか辛いことだ
時間を見つけてお見送りに行こうかと思うが
あの夢の中のように
走り去る車を現実で眺めることになろうとは・・・
 
 


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ティッシュも買いました

2009年10月15日 | 日記・エッセイ・コラム
何年ぶりだろうか、風邪をひいてしまったようだ
 
急激な寒さに見舞われた先週
いつもどおり、毛布一枚羽織っただけの
寝室は寒く、どうもその折に病魔に冒された
いや、こんな言い方をするのは
本当に病気に苦しんでおられる方々を
軽くみたような印象を与えかねないので
いや、風邪だって病気だ
いや、まぁ、そうだ
大げさすぎるか、風邪ぐらいで
 
なぜかここ数年、風邪をひくことはなかった
以前は何故か、毎年夏になると風邪をひいていたが
夏以外に風邪をひくのは、まさに
久々の感触だ
 
一昨日、急に喉の痛みを感じて
昨日の昼休み、のど関係の薬を大量に買い込んだ
普段、病気らしい病気は痛風ぐらいのボクは
薬を飲みつける習慣を持たないんで
いざと言うときには、必要以上に買い込む習性が
あるようだ
 
おかげで、扁桃腺の痛みは今日の午後には
幾分和らいだが、次は鼻
今日の朝から少し違和感を感じていたが
まさに、ザ・風邪といった症状
頭も重く、少し考えるとボーっとしてしまう
 
日ごろから身体を鍛えてない自分としては
なにゆえ、風邪やら病気にならないのかと
不思議なときもある
ひとつの理由としては、隙間風が吹きすさぶ家に
長年住み続けているために
身体に耐性が備わったのか?と思う
 
もうひとつの理由としては
育ってきた環境にある!と確信する
 
両親とも、いや、今は亡き祖父母に曾祖母も
含めて、風邪ぐらいでは、誰も寝込まなかったのが
風邪をひかない要因のひとつだと思う
寝込まないからひかない、とは
少し強引な感じだが
ニュアンスはご理解いただいと思う
 
風邪は我が家では病気のうちに入らない
 
学生時代も、風邪ぐらいでは休めなかった
今の仕事をし始めた時でも、余程辛そうにしていて
なおかつ、仕事の段取りを付けるまでは
帰れなかった
 
そんな気持ちがあるから、おそらく
病魔の方から近づいてこないのではないか?と
思うようになった
とはいえ、気持ちの持ちようだけでは
ウィルスを撃退することは、少々難しいようだ
 
久々に卵酒でも飲もうかと思ったが
よく考えてみれば、いままで一度も卵酒を飲んだことが
なかった
 
風邪をひいて、少し変なテンションになって
しまってるようだ
 
なんせ、久々なもんで
 
 


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おぉ、こわぁ!

2009年10月14日 | 日記・エッセイ・コラム
間の悪いときは往々にしてある
 
ちょこっとした用事で外出しようとしたとき
突然の雨が!
土砂降りの中、車に乗り込もうとするが
ハリウッド映画のパニックシーンのように
そんな時に限ってロックが一発で解除出来ない
車に乗り込めたとしても、荷物が邪魔になって
ドアがなかなか閉まらない
結局、ずぶ濡れになりながらやっと車に乗り込んだ瞬間
雨が小雨に・・・・
なんて事は、少なからず経験するんじゃないか?
 
今日がまさにそんな感じだった
 
昨日から再開した原付通勤
そうだった、昨日もこのブログに書かせてもらったところだ
実は今日は予報が良くなかった
雨なら車で通勤と決めていたが、朝には降ってなかったんで
原付で風を切った
 
予報もはずれ、晴天の空が広がる
 
「はずれましたね!」
 
声に出したのが悪かった
 
帰宅時間は午後6時
5時ごろからラジオに雑音が入り始め
時折“パッ”っと、辺りが明るくなった
 
問屋の営業がいつもの笑い声で仕事場に入ってくる
 
「注文するもんはないから、雨が降らんうちに帰り!」
 
笑い声に負けないように大きな声で返事をすると
 
「もう降ってますよぉ!」
 
えぇ!だ
まぁ、稲光が近づいてきた時に
一応は覚悟を決めたつもりでいたが
もう降っているのか・・・
 
(帰った頃には止むな・・・)
 
間が悪いことの不安が脳裏を過ぎった
たぶん、家に帰るまでの間だけだ
車に乗り込むときのように
 
(待つべきか、進むべきか)
 
重大な二者択一に迫られる
迷った時には前進あるのみ!
合羽の上着だけを装着し、いざ雨中の中へ!
 
パッ!
 
隅々まで見渡せるほどの閃光!
続いて心も震わす雷鳴
 
「おぉ、こわぁ!」
 
ガリクソンの顔真似をしながらアクセル全開で
帰ってきたが、びしょぬれになった服をすべて
脱ぎ終えた時
 
予想通り、ピタッと止んだ
 


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ダボ!

2009年10月13日 | 日記・エッセイ・コラム
先月の連休以来の原付通勤をした
 
シルバーウィーク前に原付を飛ばして
仕事場へ行き、帰ってから随分と時間が過ぎた
天気が悪かったり、自動車がいる用事があったりと
原付で行く機会が減っていた
 
で、今日
 
久々と言うことで
ちゃんと仕事場まで辿り着けるかしら?なんて
心配したが、もちろん、自転車を乗りこなすように
何の問題もなく仕事場まで辿り着いた
 
しかし、三週間の時間と言うのは確実に
季節を秋真っ只中に変えていた
 
まず寒さ
 
シールド越の風が顔面を叩き、涙がちょちょぎれる
手がかじかむ寒さはまだ先だろうが
山の木々は確実に赤みを増している
 
そして何よりも感じたのは
帰りの暗さ
あまりにも暗い
本格的に原付に乗り出したのは今年
それも四月頃からだ
 
それからずっと、帰宅時は明るい山道を走っていたが
今日は、車で感じるよりもさらに暗い風景に
少し怖さを感じた
 
明るかった夏の帰り道は、出来るだけ
車と併走したくなかったので、山道を越えて
帰る道を選んだ
車が少ないのが、何よりも気持ちよかった
 
そんな気持ちよかった山道を今日も走ったが
生来の怖がり性が前面に出てきて
山の木々が、なにやら得体の知れない物体に見える
夏にはあんなに気持ちよかった
交通量の少なさも、こう暗くては心細いだけ
 
そして最大の怖さは虫だった
 
ヘッドライトに突進してくるのか
大型の蛾らしき虫が、メットめがけて飛んでくる
 
「来るなやぁ! ダボ!」
 
と、叫びたいが、口をあければ
ダイレクトにキャッチしそうな光景が脳裏に
浮かんだんで、心の中で叫んだ
 
『ほんま、ダボ!』
 
 


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おい、静かになれ

2009年10月12日 | 日記・エッセイ・コラム
身体のあちこちが痛い
祭りの次の日は、大抵こんなものだ
 
若かりし時には、これに「声枯れ」の症状も
同時に出たものだが
酒を飲むだけの年齢になれば、その心配はない
 
しかし、年々身体にきつくなるのは
歳のせいなのか?それとも普段の不摂生の賜物だろうか
 
昔なら、宵宮・本宮と二日続けて行われる神事に
厳かかつ勇壮に参加したものだが
今回、本宮の午後からの参加だったが
つくづく、祭りとは若者のためにあると悟った
 
自分では若いつもりでいても、若い年代からは
意見を聞きたい年輩者になってしまっていた
同じように騒ぎたいと思う反面
そういった場面は、もはや若い人達に譲るべきなのだと
痛烈に感じた
 
自分たちにも若い頃があって
つねに村人から叱責を受けていた
 
「最近の若いやつは」
 
は常套句で、それに反発する青年も
例年の光景だった
今では、行動力ある青年さんのお陰で
活気ある祭りが展開される
その輪の中に入って行きたいと今までは思っていたが
そういった無茶が出来る環境を見守ることも大事で
それが今後の僕の立場なのかな?と感じる
今年の秋祭りだった
 
ただ、数字の年齢は毎年増えていくが
人間にとっての年齢は、自分で決めていくものではない
少し、哲学的、いや
僕の文章がおかしいのだろうけど
自分で決めるものではないと言うことは
 
「俺ももう歳だから・・・」
 
と思いたくないと言うこと
大人なんだから!と言う年齢を過ぎると
落ち着きや節度ある判断を求められる
それは、確かに必要な事だが
何歳だからと言って、落ち着く必要はない
ずっとバカなままでいては、行けないかもしれないけど
ずっとバカが出来る自分ではいたいと思う
 
めでたいなぁ
めでとうさゆでは ゆわいましょ!
めでとうゆおおって さぁしましょう!
 
また、来年
 
今年より一歳“若返った”自分でいたい
 
 


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