風が肌を差すように冷たい。とうとう冬の風になった。寒さで身体が堅くなる。指先の感覚がなくなってくる。それでも、もう少し、もう少しと思いながら鉢の土の入れ替えをする。そんな時、天から私の名を呼ぶ声がした。見上げると2つ上のバルコニーから、友だちの娘さんが「今日、退院したの。先程までサルビアの赤が見えていたのにと思って」と言う。「よかったね。でお、寒いから部屋に戻った方がいいよ」。私は寒風に身体が冷えないかと心配になる。
友だちの娘さんは、私の次女よりも年下で、子どもの頃から知っている。春の『夜桜の宴』、夏祭りの『屋台』、秋の『バス旅行』の他、何かにつけて私たち年寄りは彼女に頼る。気さくに何でもやってくれるし、気が利いていて手際がいい。私たち年寄りのマドンナだが、それを言ってしまうとカミさん連中から総スカンを喰らいそうなので、みんな男たちは黙っている。そんな彼女が緊急入院した時は驚いた。
元々色白で貧血気味だったけれど、血栓が出来て肺か心臓に回りそうだったという。貧血のために飲んでいた薬のせいではないかと年寄りたちは、彼女が通っていた病院に不信感を持った。いずれにしても、血栓は溶けて緊急事態は越したという。若い人が亡くなるようなことが起きては寂しい。世の中、どんどん年寄りが増えているというのに、これから楽しいことがいくらでもある若い人はもっともっと長生きして欲しい。
世界のニュースを見ても、新聞に評論などを書いている人を見ても、いつの間にか私たちよりも若い人が活躍している。私たちの子ども世代の人たちが社会の中心に出てきている。夭折の画家がいたように、音楽家でも詩人でも、ひらめきは若い人の特権だろう。年寄りのよいところは経験が豊富という点だが、固執する悪いクセを引きずっている。頑固で包容力に欠けるのも年寄りの特長だ。
18歳の時にランボーの言葉、「詩人たらんとする者は、あらゆる種類の恋愛を、苦悩を、狂気を、彼みずからの内に一切の毒を味わいつくして、その精華のみを保有しなければならない」に出会って、「悪魔」となることに歓喜したことが嘘のようだ。人は平凡に生きることで幸せを味わえるのだろう。異端となるのも若いうちだけのこと。寒くなりました。せっかく生還した命、長生きしてください。