「回れ右!全員前に進め!」。「もっと手を振れ!足を上げろ!」。小学校の運動場では運動会に向けて、行進練習が何度も行なわれている。小学6年の時の私は既に反戦主義者になっていたので、軍隊を真似たような行進練習が嫌いだった。止めて欲しいと思っていたが、口に出すことも、行動に出ることもなかった。中学に入ると、行進練習はもっと厳しく行なわれたのに、私はいつの間にか慣れてしまい、反抗心さえなくしていた。
中学1年の運動会の行進練習の時、女子の前の方で笑い転げている子がいた。先生は「何が可笑しい!」と怒鳴った。するとその子は「だって可笑しいもん!」と言った。先生は怒って「真面目にやれ!」と叱った。「はーい!」と女の子は答えたが、まだ顔は笑っていた。ヘンな子だった。時々、突拍子もない高い声を上げるし、よく笑うし、よくしゃべる。脊は低く、やせていて、色白で、目がパチッとしていた。
小学校が違っていたので、初めて出会った子だった。彼女は決して反戦主義者ではなかったけれど、行進練習をしていると笑いが込み上げてくるような感覚の持ち主だった。私は妖精のようなこの子に惹かれていった。中学3年の時、彼女の誕生日に、花屋さんからバラの花を届けてもらった。中学、高校と同じ学校だったのに、ふたりだけで話したことは1度しかない。それもたまたま偶然に道で出会い、そのまま長く立ち話をしただけだ。
手紙のやり取りもなかった。そんなことも思いつかなかった。私は一方的に彼女を恋していると思い込み、文芸部の機関誌に彼女のことを謳った詩や彼女への思いを小説に書いて満足していた。高校3年の冬、彼女から「さようなら」を告げられるまで、彼女が去るとは思ってもみなかった。独善的な私は自分の恋物語に酔っていたのだ。
高校3年は同じクラスだったのに、学校では1度も話したことがない。クラスの男子が体育祭の時の、ブルマー姿の彼女の写真を得意そうに見せびらかしていたのに、彼女の恋人はボクだとほくそ笑んでいた。そういえば、彼女の写真をいろんなヤツが持っていた。私は1枚も彼女の写真を持っていないのに‥。