友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

予想出来ても受け入れは出来ないのか

2014年09月01日 18時15分19秒 | Weblog

 予想に反して雨が降り続いている。お昼前後は雨足が強く、東海豪雨の再来かと思うほどだった。今はそれほど激しい降り方ではなく、西の空には雲の切れ間も見える。予想に反したことが起きると人は戸惑ってしまう。今朝のニュースでフランスの農家の人が嘆いていた。EUの経済制裁に対抗してロシアが農作物を送り返して来たため、農作物が市場で溢れ値段が下がってしまったのだ。

 戦争の前は、必ず相手を困らせるために経済制裁を行なう。一方が行なえば、もう片方も報復する。経済制裁は人々の生活に直接結びつくから効果があるが、苦しむのは国民である。それに経済は複雑に絡み合っている。フランスは原子力発電が多くあるが、ドイツは原発ゼロへ向かっているので、ロシアから天然ガスを受け入れている。エネルギーの遮断はドイツ経済の破綻につながる。

 ウクライナはロシアへもEUへもつながっている方が得なはずなのに、チェルノブイリ原発の事故をソ連が隠していたことからロシアへの不信感が一気に高まってしまった。先日の講演会ではこのあたりにウクライナとロシアの対立があると指摘された。ヨーロッパでは勤勉なユダヤ人は商売上手であったり、頭脳を生かした弁護士や政治家を輩出している。だからというわけか、反ユダヤという感情も根強いようだ。

 どうしてそんなに憎み合うのだろう。イスラエルとガザは休戦協定を結んだという。当たり前だ。そんなに殺し合って何がいいというのだろう。旧約聖書の時代から中東にはいくつもの民族がそれぞれに住み着き、時には殺し合いもしたけど、時には酒も飲み交わしている。そんなことを何千年も続けてきて、いまだに解決の道を見つけられないとはなんとまあ情けないことか。

 一切を「無」とする仏教が広がれば、世界は平和になるのだろうか。予想出来てもそれを受け入れることは出来ないのだろうか。

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