「神様が降りて来る」。アーチストが突然のひらめきで作品が出来た時に使われる。霊感のある人が神様の意思を受け止めたりする時にも使われたりする。私はまだ、そんな経験がないが、偉大な芸術家がそんな言葉を発するからきっとそうなのだろう。なかなか神様が降りてきてくれなくて作品が出来ないと、薬物中毒になったASUKAさんのように自分の方から神様を呼びたくなるようだ。
女子大生の話を聞いていたら、「神様が落ちてきたんだって!」と言う。とうとう現代は神様も地に落ちてしまった。彼女は「降りて来る」も「落ちてくる」も変わらないと思っている。イラクに続いてシリアの「イスラム国」支配地域に、アメリカは空爆を行なった。アメリカは他の国を空爆する権利があるとでも言うのだろうか。テロ集団には断固として戦うと言うけれど、空爆は無差別テロと同じで一般市民が殺されることになる。
キリストも預言者マホメットも、神様から命じられて誕生した。その使命は人類を救うことだった。それなのに果てしない殺し合いが続いている。アメリカが空爆で何百、何千の命を奪えば、イスラム国も人質を殺す。武力では圧倒的なアメリカも捨て身のテロを阻止できない。いずれも死ぬのは市民である。女子大生が言うように、「神様が落ちてきた」ので、果てしない殺戮の連鎖は止められないのか。
女子大生の母が、実家の長野から届いたリンゴを持って訪ねてきた。長野の人はのんびりしているけれど、名古屋の人は忙しいのか運転も粗いと言う。「まだ信号が青になっていないのに走り出すことは長野の人はしない」そうだ。雪国でもある長野では、雪道で往生している車があればすぐに見知らぬ人が押してくれると言う。誰もが困った体験があるので放っておけないのだ。助け合いは相手の気持ちが分かるから出来る。
逆に殺し合いは相手のことなど考えないから出来る。いったい神様は天上で何を見ているのだろう。やっぱり神様は落ちてきて天上にはいないのか、それなら地上でこの殺し合いを止めさせてくれてもいいのに。人間が相手の気持ちを考えるようになるまで、神様は試練を与えて続けるといるのだろうか。