金木犀の咲くのが、今年は早かった気がする。10月10日の運動会の頃、甘い香りが漂っていた記憶だけれど、そう思い込んでいるのだろうか。先日、友だちから金木犀のお酒をいただいた。中国の桂林を旅行してきたという。桂林といえば水墨画の世界、ゆったりと流れる川、そそり立つ絶壁、遠くに丸みを帯びた山々、川の近くで働く人々、そんな光景が目に浮かぶ。その桂林は金木犀の郷でもあるという。
きっと街中に金木犀の甘い香りが溢れていたことだろう。早速、お土産のお酒を飲んでみた。ほのかに金木犀の香りがする。「中国人はがめつく、金儲けばかりに目がくらんでいる」と先輩たちは非難するけれど、花を眺め、月を眺めて酒を酌み交わす風習は中国から日本に来たもの、米作で暮らしてきた東洋人に共通する自然観だと私は思う。今でも中国人の中には、金木犀の香りで一杯と洒落ている人たちもいるだろう。
前野徹さんの『戦後 歴史の真実』は、今、日本で起きている諸問題、たとえば神戸の小1女子の殺害事件も全ての根源は押し付けられた憲法にあると弾劾している。こうした事象は多くの国で起きていることから、世界が共通して当面している問題だと私は思う。大和言葉やその精神が失われたのは憲法に原因があるのではない。世界の進展が内部に、どういう仕組みなのか分からないが、生み出していると思う。
ルネッサンス時代から500年、産業革命からまだ300年しか経ていない。今日のような物を売り買いして利益を蓄える社会が生まれてわずかな経験しかない。マルクスは「資本主義は崩壊する」と予言したけれど、どうやら崩壊ではなくて変質していくようだ。今日的な諸問題はその胎動なのか、いやむしろ変質が生み出す負の作用なのだろう。
「どうしてこんなややかこやしいもの(人)が生まれたんだろう」と、中国人嫌いな先輩は人間の誕生を嘆くけれど、きっと中国人と川を眺めながら酒を酌み交わせば、考え方も変わるだろう。外に敵を作ることで、内を固めてきた人の知恵も変わっていくと思う。