誘われて湖北の寺を巡ってきた。NHKドラマ『黒田官兵衛』にも出てきたはずの、というくらいにしか見ていないわけだが、秀吉が柴田勝家と戦った賤ケ岳がどんな山だったのか見てみたいと思った。幸い頂上へはリフトで行くことが出来た。登ってみるとけっこう高い。北に余呉湖が真下に見え、西に琵琶湖がやや遠くに見える。平日だから人影もまばらだが、定年退職後と思われる夫婦に出会った。夫婦はレンタル自転車でこの地を回っているようだ。台風の到来が心配だったが、雨に降られることもなかったのは心がけが良かったからと納得した。
長浜市高月の向源寺の十一面観音像は、一度は見ておきたい仏像だ。若い時に見に来ている筈だが、寺の様子も違うように感じた。本堂は立派に建て直され、十一面観音像は鉄筋コンクリート造りの建物に移されていた。けれど、それがとても有り難かった。寺の仏像は信仰の対象で、鑑賞する像ではないから、正面から拝むことが出来ても、側面や裏面まで見ることはない。しかし、ここでは全国に七体ある十一面観音の中でも最も美しいと言われる理由が分かるように、どこからでも眺められるように置かれている。
790年に最澄がこの地に七堂伽藍を建立したとある。十一面観音像がその時に安置されたものなのかは定かではないが、奈良時代末の密教の様式のものといえる。仏は悟りを得た存在なので男女の性を越えたものだが、この十一面観音像は明らかに女体で官能的でもある。それは少しだけ右足を前に出しているため腰が左にわずか突き出ているためでもある。京都の観音寺の十一面観音像もヘソが見えるところは同じだが、雰囲気が違う所以だ。
寺の隣りの食堂で琵琶湖御膳と鮎寿司を食べた。江戸時代に朝鮮通信使(使節団)が食べたという料理を再現したという料理人の老人が、でもきっと私よりも若いと思うけれど、「使節団のために貢献した天森芳洲が生まれたところがある。町には小川も流れていてきれいなところだから行ってみるといい」と勧めてくれたので、立ち寄った。庵は午後4時までだったので閉まっていたが、庭を拝見することは出来た。屋敷にはケヤキの巨木があった。また傍の神社にもイチョウの巨木があった。
湖北になぜ寺が多いのか、なぜ観音像が多いのか、理由までは分からないけれど、合戦が繰り返された地で、人々は仏像を地中や川に沈めて守ったという。一見のんびりとした街中に思えるが、そんな歴史がここにはあると思うと、眺める景色も違って見えた。