今月の名演は、前進座の『夢千代日記』。最後部に近い席だったが、さすがに前進座だけあって役者の声はよく聞こえた。舞台の場所は兵庫県の北部にある湯村温泉。バスツアーで行ったことがあるが、それは山間の何もないところだった。街を歩くと夢千代記念館(?)のような建物があり、NHKテレビで放映された吉永小百合さんの写真やその時使われたセットが展示されていた。
この時のテレビは見ていなかったので、『夢千代日記』がどんなものなのか知りたいと思った。主人公は広島で生まれた。原爆の3日後に生まれた「体内被爆児」である。母親は故郷である湯村温泉に戻り置屋で生計を立てていたが、7年前に白血病で亡くなった。夢千代もまた白血病で、時々めまいで倒れたりしている。被爆者は病気がうつるとか、ケロイドが気味悪いと差別されてきた。人を愛することも結婚することも出来ず、寂しい思いを抱いて生きている。
置屋で働く女性にもそれぞれに物語がある。満州から引き上げる途中、我が子を殺した女のところに厚生省の役人が、中国残留孤児を連れてやって来る場面では泣かされた。我が子を殺さなければならなかった母親、死に切れずに孤児となって育てられた息子が「首の傷跡を見てくれ」と言う、母親はただ泣くばかりだった。決して望んだわけではないのに、人生には時々耐えられない悲劇が舞い落ちてくる。
芸者が我が子として育てている子を、実の母親が「返してほしい」と言ってくる。実の母親は金持ちなので返せば大学まで行けるかも知れない、そんな迷いを持ちながらも、生きがいである子を手放すことが出来ない。それを知った子は母親に抱きつき、ふたりはオイオイと泣き崩れる。泣ける場面がここにもあった。
芝居を観終って、何を訴えたかったのかと思った。夢千代は私たちと同時代の人。置屋で起きる様々なことはあの時代にどこかであったことだ。戦争という悲劇がこの芝居のテーマなのだろうか。そう言えば、湯村温泉に吉永小百合さんをモデルにした夢千代像があったが、その台座には「恒久平和」と刻まれていた。