友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

兄のような人が逝去する

2018年03月08日 19時53分47秒 | Weblog

 私を弟のように可愛がってくれた人が亡くなった。私の兄に似て、気さくで人情味に溢れた人だった。いつも軽い冗談を言うのだが、それがさほど面白くもないので、思わず笑ってしまうことが多かった。私の兄もそうだったが、スキーをする人が増えてきた時だったのだろう、近所の子どもたちやその家族でスキーに出かけ、やがてスキークラブを立ち上げたと聞いたこともある。

 もともとは郵便局の職員だったが、結婚した相手が経営する洋裁学校が、デパートで洋服の直しを仕事にし、それが軌道にのって大きくなったので退職し、会社経営に努めるようになった。持ち前の明るさと人付き合いの良さが功を奏し、ますます会社は大きくなった。そんな時に、私は地域新聞を始めたので、ご夫婦に可愛がっていただいた。新聞屋と広告主に収まらず、ご夫婦が参加されていたグループにいつしか私も連れて行ってもらった。

 奈良の薬師寺をはじめ、京都の嵐山、瀬戸内海の平山郁夫美術館、桑名の旅館での狂言鑑賞など、本当にいろんなところへ連れて行ってもらった。日本人の美意識の源流を学ぶ旅だったような気がする。気軽に声をかけていただいたが、恩着せがましいところは全くなくて、いつも楽しい旅だった。商工会の会長、夏祭り実行委員会の会長、ロータリークラブなど、人のために働くことを惜しまない人だった。

 最近は体の具合を悪くしていて、ばったり会ったりすると、「もうアカンわ」などと弱音を吐いたりしていたが、こんなに早く逝ってしまうとは思わなかった。残された連れ合いが気落ちしないかと心配になる。陽気で気さくな人だったから、亡くなったという気がしない。「元気にしとる?」と声をかけてくれるような気がしてならない。私よりも7歳年上、元気なスポーツマンだった。明日の葬儀でお手伝いをしたいと思う。

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