この花の正式な名前は知らないが、頂いた時は「ヤマスミレ」と聞いたように思う。1鉢だったものが今では9鉢に増えた。「欲しい」と言う人がいて、何鉢か差し上げたから実際はもっと増えた。花弁は5弁だからスミレであることは間違いない。こんな小さな鉢でもよく育つ。秋になるとワサビのような根が出来るので、これを株分けして植えればいいので、増やすことは意外に簡単だった。
スミレは清楚な感じがする。私は濃い紫色のスミレが好きだ。以前は道端の隅にいくらでも咲いていたが、最近は見かけない。野にあるスミレでもこうして鉢植えにして育てれば、増やすことも出来るだろうが残念だ。スミレの素朴さのせいなのか、歌手も歌の題名も覚えていないが、心惹かれた歌を思い出した。
「あなたが私に触らないのなら、私は存在していないのも同じ」。こんな内容の歌だった。まだ学生の頃、友だちが彼の女友だちの家に行った。彼女は親元を離れ一軒家を借りたから、「遊びに来て欲しい」と言う。彼は指定された夜に出かけて行った。家はきれいに整えられ、部屋の真ん中のテーブルに料理とビールが置かれていた。他に誰か呼ばれたのかと思ったが、誰も来なかった。勧められるままに飲み、食べ、話をするうちに随分時間が過ぎた。
「泊まっていってもいいよ」と彼女は言ったのに、彼は「まだ終電に間に合うから帰るわ」と席を立った。「若すぎて、彼女の気持ちまで測れなかった」と彼は告白したが、確かにその点では未熟者というか鈍感で、愛とか恋がどんなものか分かっていなかったのかも知れないが、本当は勇気がなかったのだと思う。彼女は精一杯の勇気を持って彼を迎え入れ、泊まって欲しいとまで言ったのに、残酷な結末である。
可憐なスミレも場所によって、増殖したり、断ち切れたりしている。恋も時と場所を選ぶのかも知れない。「花の色は 移りにけりな いたずらに わが身世にふる ながめせしまに」(小野小町)。スミレを詠った歌はあるのだろうか?