風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

スマイル・カーブあれこれ(中)

2010-08-07 10:58:47 | 時事放談
 スマイル・カーブは、垂直統合の開発・生産体制が一般的な自動車業界には当てはまらないのではないかという指摘があります。それは、この業界では部品相互間の摺り合わせや生産革新が、依然、競争優位の源泉であり、グラフの真ん中あたりの生産・組立て工程でも十分に付加価値が高いからでしょう。限定的ではあっても、ものづくりの付加価値が高い領域はあると思います。しかし、自動車業界においてすら、エレクトロニクス技術への依存度が年々高まっているのが現実で、いずれパソコン業界の構造に近づくことも予想されます。
 こうして見ると、冷戦崩壊以降、真の意味でのグローバリゼーションが進展し、中国や東欧などが世界の投資を集め、低廉な労働力を武器に、それまでものづくりで圧倒的な強さを誇っていた日本を脅かし、世界の工場ともてはやされるようになった背景には、エレクトロニクス技術がブラックボック化され、誰でも簡単な組み立てによって製品が出来てしまう技術の進歩があるようです。今やモノだけではなくソフトまでもがモジュール化され、それぞれの部品やモジュール品の生産プロセスには品質改善の暗黙知がつくりこまれていたり、職人芸が生きるものづくりの世界が依然残っているかも知れませんが、結果として生み出されたモジュール品を組み込んだ製品自体は誰にでも手に入るコモディティ品(日用品)に過ぎません。
 そういう意味で、世界の産業構造は、誤解を恐れずに言うと三段階くらいに多構造化し、左側の上流工程にある部品(モジュール品)の作りこみは、ある意味でブラックボックス化され、ものづくりの職人芸が閉じ込められた世界とも言え、相対的に付加価値が高い世界であり(サムスンの携帯電話に使われている部品の6割は日本製だと言われます)、真ん中の流域はこれら部品(モジュール品)を製品として組み立てるだけで付加価値が低い世界であり、下流はこれらの製品群をトータル・ソリューションとして作りこみ、あるいは製品群にサービスを提供して維持しあるいは人々を惹きつける、場合によっては生産性は低いかもしれないけれども付加価値が高い世界になっているように見えます。スマイル・カーブの有用性は、だから付加価値の高い領域に集中するべし、といった単純な議論ではなく、相互に連関する一連のビジネス・プロセスとして、それぞれの工程がどのような特性をもちどれほどの付加価値を生み出し得るかというポテンシャルを理解しながら、下流域に向かって、むしろ下流域から見て、どうしたら全体を効率が取れて利益を最大化し得る流れになし得るかという、事業構造をリデザインするフレーム・ワークになり得るところにありそうです。我が社の幹部が、アップルのiPodやiPadの中で、我が社に出来ない部品や技術はあるか?と自問自答していましたが、つまり誰にでも出来る製品でありながら売れる製品を考える必要がある、もっと言うならその先の下流域にあるサービスも含めて、人々に求められるビジネス構造をデザインしなければならないということだろうと思います。
 たとえば成熟産業としての繊維・アパレル業界を見てみますと、ファーストリテイリングは、小売業の立場から上流工程に手を広げ、商品企画・開発から生産調整まで自らのビジネスに取り込む、所謂SPA(speciality store retailer of private label apparel)と呼ばれる業態を日本で確立し、収益基盤を磐石なものにしました。従来は、衣料品メーカーが百貨店などで委託販売し、売れ残りは返品するという商慣習にどっぷり浸かって構造的に沈滞化していた業界に一石を投じたわけです。昨今珍しいほどに大量に出店する一方、商品のアイテム数は絞り込んで、消費者の選択を容易にするとともにコスト削減に必要な生産ボリュームを確保し、売れ残りリスクを最小化するなど、小売り(右端)の目線で業務プロセス全般の再構築を行ったのでした。
 エレクトロニクス技術がブラックボックス化されたことによって、業界構造か変った顕著な例としてカメラ業界を挙げることが出来ます。かつては光学技術とメカトロニクスの固まりで、ニコン、キヤノン、オリンパス、ペンタックス、ミノルタ、コニカといった老舗企業が割拠していましたが、このうちペンタックスはレンズメーカーのHOYAに買収されてしまいましたし、コニカとミノルタは合併したのも束の間、ついにカメラ事業から撤退(ソニーに事業譲渡)してしまい、デジタル・カメラ全盛の今もなお健闘しているのは、キヤノンくらい(辛うじてニコン、オリンパス)ではないでしょうか。カシオ、ソニー、パナソニック、富士フィルムといった、かつては考えられなかったようなプレイヤーに置き換わりました。今はまだものづくりの中に何らかの比較優位があるのかもしれませんが、いずれこの業界構造は変っていくことでしょう。同じように自動車業界も、これから大いなる変革に見舞われそうです。トヨタは、ものづくりだけではなく、本来は他業種が提供するべき自動車ローンというファイナンシャル・サービスを自らのビジネスに取り込み、かなりの利益を稼いできたと推測されますが、自らのビジネス・プロセスを再構築するまでには至っていないようです。ホンダは、電気自動車に重点をシフトする中で、創業以来の危機と言う言い方で、変革期を捉えていました。カメラといい自動車といい、単なる技術革新にとどまらず、事業全体をどう捉えるかという視点で考えていくことが重要なのだと思います。
 これまで二回は、産業構造やものづくりの視点で見てきましたが、最後に次回は、経済的な意味合いに触れてみたいと思います。
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