数日前にハーバード大学名誉教授のエズラ・ボーゲル氏が亡くなった。享年90。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の著者として知られ、私は、恥ずかしながらその事実しか知らなくて、著書を読んだことがない。物心つく、というのは私にとって大学生の頃のことだが、そのちょっと前に出版されて、存在は知っていたが、アメリカ人が日本の成功を認めてくれたという一点だけ心に留めて、その後、素通りしてしまったのだ。私も含めて日本中が浮かれていた時代だった。
しかしボーゲル先生は冷徹な社会学者であって、著書の原題が“Japan as Number One: Lessons for America”とあるように、日本の強さを社会構造から分析し、その要因を日本人の伝統的国民性にみるのではなく、日本独特の組織力や長期的視野に立つ計画や政策に求め、そこから学ぶべき、あるいは学ぶべきではない教訓を引き出そうとしたものだったようだ。その後、スタンダードな見方の一つになったという意味では、古典とでも呼ぶべきものだろう。
追悼記事や過去のインタビュー記事の再掲を読んで、二つ、興味深い発言を見つけた。
一つは、日経に出ていたもので、10年ほど前、国際社会における中国の振る舞いが傲慢になっているのではないかと尋ねられて、次のようにお答えになったということだ。「いまの体制がいつひっくり返るかと心配で、彼らは夜もおちおち寝られないんですよ」、と。彼らとは、当時の中国の指導部、中でも次代のエースと目されていた習近平氏を指すらしい。私も勝手に、彼らのコワモテは脆弱さの裏返しに過ぎないと思っているだけに、とても勇気づけられる発言だが、中国を抑止したいばかりに中国脅威論が全盛の今の世の中では、なかなか出てこない類いの見方だ。
中国については、もとより西欧的な国民国家ではなく、中原を、中国共産党という馬賊が乗っ取った征服王朝と捉えるのが正しいのだろう。中国四千年の歴史で繰り返されて来た、ごく当たり前の一コマに過ぎない。だからこそ、今なお人民解放軍は党の軍隊のままである。また、党の統治を維持することが核心的利益の第一であって、他方で、選挙によって洗礼を受ける西欧諸国とは異なり、自ら統治の正当性を証明しなければならなくなる(そのための経済成長であり、小康社会の実現なのであろう)。従い、彼らにとっての法治主義とは共産党の下でのRule by Lawであって、法の上に如何なる権威の存在も認めない西欧的な意味での法の支配(Rule of Law)とは根本的に異なる。このあたりの国家のありようを、社会学者のボーゲル先生がどう見ておられたのか、彼の著作を訪ねてみたい気がする。
興味深い発言のもう一つは、6年ほど前にSAPIOに掲載されたインタビュー記事で、日本は今後、世界でどうプレゼンスを発揮すべきかを問われて、ボーゲル先生は、日本が戦後70年、その指針としてきた米国との同盟再構築ではなく、中国との友好関係を建設することだと答えられたものだ。「日本は今後も中国との経済的、文化的、社会的交流促進を続けるべきです。このことこそが日本が直面しうる偶発的な事態に備える防衛政策を形成するはずでしょう。日本が対中、そして対韓関係を改善させる上で必要なことは、日本が1894年(日清戦争)から1945年(第二次世界大戦)にかけて中国に与えた損害・毀損について国民レベルでの、より幅広い議論をすることだと思います」、と。
日本は今なお、自らの頭で(つまりはGHQ史観ではなくして)先の戦争を「総括」できていないことこそ、世界第三の経済大国でありながら国際社会(とりわけアジア)に遠慮があって積極的に行動できない主因だと思ってきたので、これもまた勇気づけられる発言だ。中国の異形は、コロナ禍で益々明らかになって、ヨーロッパですら警戒心が高まりつつある。地理的・歴史的に東洋にあって心情的・理性的には西洋寄りの日本にこそ、中国を西洋的価値観の世界に包摂する橋渡しの役割は相応しいだろう。気になるのは、戦前の日本の行動を総括するのは大事だとして、その日本に、一体、どのような議論を期待されていたのだろうか・・・というところである。時は帝国主義の時代である。だからと言って全面的に日本を擁護するつもりはないが、ロシアの脅威が高い当時にあって、全く頼りにならない朝鮮半島に、せめて独立した国家を打ち立てるべく、中国やロシアという当時の大国と二度にわたって戦火を交え、それでもアテにならなくて、結局、韓国併合に至らざるを得なかった、その間の事情は、元寇で朝鮮半島国家がモンゴル軍の先兵となって日本に攻め込んだ(結果として神風が吹いて助けられたとされる)苦い歴史を振り返れば、それなりに合理的な行動だったと言えなくはない(韓国は何かと秀吉の朝鮮出兵を詰るが、その前に元寇があって、しかも朝鮮出兵では朝鮮半島はただの通り道に過ぎなくて、朝鮮を攻めたのではなく明を征服せんとするのが秀吉の野望であった)。但し、満州国建設から、ロシアに代わって満州に居座り、欧米の警戒心を招いた上に、縦深性が高い中国との泥沼の戦いに引き摺り込まれた(という意味では、戦争とは言えない)戦略的な稚拙さと宣伝下手さは大いに反省すべきと思う。こんなことを言えば、ボーゲル先生の意図するところから外れて、お叱りを受けるだろう。しかも、中国や韓国との間で、歴史認識に溝があり、お互いに歩み寄れないのは、既にブログに書いて来たことで、繰り返さないが、中国や韓国の、儒教をベースに自らを正義と見做す、言わば統治者による押しつけとも言うべき「正史」観は、日本の実証的な歴史認識とは全く相容れない。その点で、周辺国と和解に至ったドイツが歴史認識を含めて西洋キリスト教文化圏という共通の土壌にあったこととは異なる。Black Lives Matter運動からも分かるように、「今」の価値観に引き摺られがちの私たちには、なかなか難しい「総括」であって、ボーゲル先生の宿題に適切に答えるのは容易なことではない。
日本語と中国語をも自在に操るボーゲル先生だからこそ、そして「社会を研究するのなら、その国で友達をつくり、本当の人の心や歴史をよく理解した方がいい」と大学時代の恩師の言葉を引用されて、「僕はその通りにやってきた。みんなそうすればいいのに」と語っておられたボーゲル先生だからこそ、今後10年という最も難しい時代への示唆を頂きたくとも、もはや聞くことが出来ない今となっては、その著作を訪ねてみたいものだと思う。
しかしボーゲル先生は冷徹な社会学者であって、著書の原題が“Japan as Number One: Lessons for America”とあるように、日本の強さを社会構造から分析し、その要因を日本人の伝統的国民性にみるのではなく、日本独特の組織力や長期的視野に立つ計画や政策に求め、そこから学ぶべき、あるいは学ぶべきではない教訓を引き出そうとしたものだったようだ。その後、スタンダードな見方の一つになったという意味では、古典とでも呼ぶべきものだろう。
追悼記事や過去のインタビュー記事の再掲を読んで、二つ、興味深い発言を見つけた。
一つは、日経に出ていたもので、10年ほど前、国際社会における中国の振る舞いが傲慢になっているのではないかと尋ねられて、次のようにお答えになったということだ。「いまの体制がいつひっくり返るかと心配で、彼らは夜もおちおち寝られないんですよ」、と。彼らとは、当時の中国の指導部、中でも次代のエースと目されていた習近平氏を指すらしい。私も勝手に、彼らのコワモテは脆弱さの裏返しに過ぎないと思っているだけに、とても勇気づけられる発言だが、中国を抑止したいばかりに中国脅威論が全盛の今の世の中では、なかなか出てこない類いの見方だ。
中国については、もとより西欧的な国民国家ではなく、中原を、中国共産党という馬賊が乗っ取った征服王朝と捉えるのが正しいのだろう。中国四千年の歴史で繰り返されて来た、ごく当たり前の一コマに過ぎない。だからこそ、今なお人民解放軍は党の軍隊のままである。また、党の統治を維持することが核心的利益の第一であって、他方で、選挙によって洗礼を受ける西欧諸国とは異なり、自ら統治の正当性を証明しなければならなくなる(そのための経済成長であり、小康社会の実現なのであろう)。従い、彼らにとっての法治主義とは共産党の下でのRule by Lawであって、法の上に如何なる権威の存在も認めない西欧的な意味での法の支配(Rule of Law)とは根本的に異なる。このあたりの国家のありようを、社会学者のボーゲル先生がどう見ておられたのか、彼の著作を訪ねてみたい気がする。
興味深い発言のもう一つは、6年ほど前にSAPIOに掲載されたインタビュー記事で、日本は今後、世界でどうプレゼンスを発揮すべきかを問われて、ボーゲル先生は、日本が戦後70年、その指針としてきた米国との同盟再構築ではなく、中国との友好関係を建設することだと答えられたものだ。「日本は今後も中国との経済的、文化的、社会的交流促進を続けるべきです。このことこそが日本が直面しうる偶発的な事態に備える防衛政策を形成するはずでしょう。日本が対中、そして対韓関係を改善させる上で必要なことは、日本が1894年(日清戦争)から1945年(第二次世界大戦)にかけて中国に与えた損害・毀損について国民レベルでの、より幅広い議論をすることだと思います」、と。
日本は今なお、自らの頭で(つまりはGHQ史観ではなくして)先の戦争を「総括」できていないことこそ、世界第三の経済大国でありながら国際社会(とりわけアジア)に遠慮があって積極的に行動できない主因だと思ってきたので、これもまた勇気づけられる発言だ。中国の異形は、コロナ禍で益々明らかになって、ヨーロッパですら警戒心が高まりつつある。地理的・歴史的に東洋にあって心情的・理性的には西洋寄りの日本にこそ、中国を西洋的価値観の世界に包摂する橋渡しの役割は相応しいだろう。気になるのは、戦前の日本の行動を総括するのは大事だとして、その日本に、一体、どのような議論を期待されていたのだろうか・・・というところである。時は帝国主義の時代である。だからと言って全面的に日本を擁護するつもりはないが、ロシアの脅威が高い当時にあって、全く頼りにならない朝鮮半島に、せめて独立した国家を打ち立てるべく、中国やロシアという当時の大国と二度にわたって戦火を交え、それでもアテにならなくて、結局、韓国併合に至らざるを得なかった、その間の事情は、元寇で朝鮮半島国家がモンゴル軍の先兵となって日本に攻め込んだ(結果として神風が吹いて助けられたとされる)苦い歴史を振り返れば、それなりに合理的な行動だったと言えなくはない(韓国は何かと秀吉の朝鮮出兵を詰るが、その前に元寇があって、しかも朝鮮出兵では朝鮮半島はただの通り道に過ぎなくて、朝鮮を攻めたのではなく明を征服せんとするのが秀吉の野望であった)。但し、満州国建設から、ロシアに代わって満州に居座り、欧米の警戒心を招いた上に、縦深性が高い中国との泥沼の戦いに引き摺り込まれた(という意味では、戦争とは言えない)戦略的な稚拙さと宣伝下手さは大いに反省すべきと思う。こんなことを言えば、ボーゲル先生の意図するところから外れて、お叱りを受けるだろう。しかも、中国や韓国との間で、歴史認識に溝があり、お互いに歩み寄れないのは、既にブログに書いて来たことで、繰り返さないが、中国や韓国の、儒教をベースに自らを正義と見做す、言わば統治者による押しつけとも言うべき「正史」観は、日本の実証的な歴史認識とは全く相容れない。その点で、周辺国と和解に至ったドイツが歴史認識を含めて西洋キリスト教文化圏という共通の土壌にあったこととは異なる。Black Lives Matter運動からも分かるように、「今」の価値観に引き摺られがちの私たちには、なかなか難しい「総括」であって、ボーゲル先生の宿題に適切に答えるのは容易なことではない。
日本語と中国語をも自在に操るボーゲル先生だからこそ、そして「社会を研究するのなら、その国で友達をつくり、本当の人の心や歴史をよく理解した方がいい」と大学時代の恩師の言葉を引用されて、「僕はその通りにやってきた。みんなそうすればいいのに」と語っておられたボーゲル先生だからこそ、今後10年という最も難しい時代への示唆を頂きたくとも、もはや聞くことが出来ない今となっては、その著作を訪ねてみたいものだと思う。
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