想い続けることができれば、その想いはいつか成就する

その日その日感じたことを詩、エッセイ、短歌、日記でつづります。野菜も育ててます。

「後悔先に立たず」から想う

2018年09月17日 | エッセイ

震災8年9月17日

 「後悔先に立たず」「後の悔い(のちのくい)先に立たず」と、いう言葉があります。本来は、過ぎ去ったことを後から後悔しても取り返しがつかないので、事前に十分注意しなさいという教えです。

 

 私的には後悔はしない主義です。すんだことは、どうしようもないからです。悔やんでも幸せになりません。ならば、それを事実として受け入れることです。そして、それを前向きのエネルギーの変えていくことなのです。その事実から、今後どうすべきかを反省し考え、次回に生かすことです。それが、大切なことです。明るい未来を悔いだけに費やしていては損です。それを生かして、今後の社会をどう生きるかにエネルギーを向けていきます。悔いが悔いを呼び、負のスパイラルにはまってしまいます。だから、過去は素直に受け入れています。だって、すべてのことは、自分がしているようでいて、実は神様がすべて仕組んでくれていることですもん。私はその大いなる意思のもと、生かされているんだから、済んでしまったことは仕方がないと受け入れます。その過去をどう未来につなげるかが大切なことだと思います。いつも未来をどう描きクリエイトするかに今の自分はエネルギーを使うようにしています。

 

 古希を過ぎ、体力は年々弱って来ています。反面、気力は充実した毎日を送っています。体力は物の世界ですので、衰えていくことは仕方ありません。自然界でいえば風化です。流れていけば石の角が取れて丸くなるようなものです。そういうことは、とにかく受容してしまいます。

 70代に突入すると、昨年の自分の体力と今の体力では明らかに違って来ていることに気づきます。全ては諸行無常の世界です。でも、精神世界は益々充実しています。それは、永遠の世界へとつながるものだと思っています。精神にはもともと質量も形もないわけですので、壊れることはありません。だから、無限の世界です。いつも、仏様の前で手を合わせ、般若心経を唱えていた懐かしい、亡き父の面影も浮かんでまいります。きっと同じような心境だっただろうなと思います。

  父といえば、根が家具職人でもあり、その後は河合楽器でピアノの試作の仕事をしていました。設計図を見ながら新しいピアノを作るのです。さぞ、生き甲斐のある仕事だったろうなと推察します。生前、よく仕事の話を聞かされています。

 今でもよく思い出すのは、父を75ccのバイクに乗せて山までドライブし、父が幸せそうにトリスのウイスキーを山の頂上で飲んでいた映像です。

 さて、最近AIの時代だといわれて久しいわけですが、ホリエモンが「10年後に消える仕事、現れる仕事」なる本を落合陽一氏と協賛して出版しています。中身は見てありませんが、たぶん、人でなければできない介護や教育、営業、演出などの仕事はAI化も進むのでしょうが、確実に残っていくでしょう。しかし、銀行業は仮想通貨の進出もあり、大きく変わっていくものと思われます。そして、単純な繰り返し仕事は益々AI化されたロボットなどが進出してくるものと思われます。だから、これから大事なことは、人間力溢れる力がより重要になる気がします。芸術の世界はやはり、人の感性ですので、最後まで残っていくでしょう。そうです。人間が人間たる感性や情操の世界は永遠に残っていくでしょう。また、信仰の世界も永遠のものでしょう。AI時代だからこそ、また、人間とは何かと問う「人間ルネッサンス」の再来が来るのでしょうね。

10年後の仕事図鑑
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