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稲木信夫「詩人・中野鈴子を追って」を読んで

2011年05月05日 | Weblog
仕事柄いろいろな資料をいただいたり、送られてくることがあります。
「仕事」関係の資料は緊張します。先日も、日本原電の原発トラブルの資料がFAXでおくられてきました。

福井で活躍されている詩人の稲木信夫さんからは「詩人・中野鈴子を追って」という論考のコピーをいただきました。
4月30日発行の詩誌COAL SACK 69号に掲載されたものです。

そんなに長いものではないので一気に読みました。
稲木氏は最近の刊行物においても「鈴子の所在を示すべき重要文献にすら、記述にゆれがある」と書いています。氏は、視点として、兄である中野重治との関係、鈴子の恋愛のことをあげています。
氏が関係者にまで「取材」して当時の鈴子らのなまなましい描写があるのには驚きましたし、探求にあらためて敬意を表したいとおもいます。それは一部の評者による鈴子の性にたいする「悪罵」への熱い批判となっています。

わたしの手元には、1980年にだされたフェニックス出版の「中野鈴子全詩集」があります。
現在は9条の会の呼びかけ人としてもご活躍の澤地久枝さんが「忘れがたい人」という序文を書かれています。
あとがきには庄山章信氏がこの出版にかけた思いを書いています。
稲木さんをはじめ、多くの方々の執念が詩人・中野鈴子を現代に生かしているのです。

稲木氏は「私としては、同時期のプロレタリア詩人としては、鈴子と同じ『女人藝術』から出発した松田解子らの詩業も明らかにすべきと思っている。・・・・女性詩人たちの先駆的活動を明らかにし、その詩業を引き継ぐことが、混迷する現代詩のありようを探るうえでの前提の一つと私には思われてならない」と結んでいます。



松田解子は生前中にみずから「松田解子全詩集」(未来社、1985)をだすことができました。

みずからあとがきを書き、「これらの詩のひとつひとつにしろ、時代のもたらす波濤をもろにふりかぶりつつ、その滴をたらしながら今日に生き継いでいるという感に、つよく打たれずにいられません。」「いま国の内外で多くの人びとが核兵器廃絶をもとめて大きく羽ばたこうとしているとき、わたしの至らないこれらの詩もまた、力いっぱい大地をふみしめて行けと願わずにはいられません」としるしました。



「力いっぱい大地をふみしめて行け」!。稲木氏の中野鈴子の詩業にたいする思いでもあるでしょう。